「なこの元彼、結婚したって」
普段あまりやりとりをしていない大学時代の友達からメッセージが届いたとき、私はびっくりして声をあげてしまった。
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恋愛経験が多くない私の、唯一の元彼。大学時代に出会って2年ほど付き合っていたけれど、別れてからもう3年以上経つ。別れてすぐSNSのフォローも外してしまっていたから、相手がどこで何しているのか、生きているのかさえもよくわからなかった。
私の友達は彼のインスタをフォローしつづけていたけれど、「社会人になってから全然更新してない」と言っていた。
友達がスクリーンショットで送ってくれた彼のインスタには、大学時代一緒に出かけたところの写真があの頃のまま残っている。
私の姿は写っていないものの、元カノとのデートの画像が並び続けるのはいかがなものか。彼が何を考えているのかわからない。多分、あの人の性格上何も考えていないから消していないだけだろうとも思う。
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そこから約4年ぶりの投稿に、指輪が3つ並んだ婚姻届の写真が並ぶ。4年間の無投稿をすっ飛ばした、入籍報告投稿。なんだか違和感を抱いてしまう。
「元彼が結婚するって、こんな感じなんだ…」なんとも表現し難い、複雑な感情が押し寄せた。
彼は私より年上だけれど、まだ26歳。結婚するのには平均より早い気がするし、遊び好きでフラフラしていたあの人が、結婚するなんて思ってなかった。
私より先に結婚したことが、なんだか悔しい。
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その日の晩は珍しく寝つきが悪かった。普段は全く思い出さないあの頃のことを、どうしても考えてしまう。なんだかそれも悔しいし、無意味であることをわかっていた。
だけど「元彼が入籍したとき」という今くらいしか、振り返る機会はもうないだろう。その日だけは3、4年前の自分に想いを馳せてしまう自分自身をゆるした。
地元の駅でお別れをしてから3年半。記憶からどんどんこぼれ落ちていったあの頃のことを少し思い出してみる。鮮明な美しい思い出があるわけではないけれど、たしかにあの頃、2人はそこにいた。
あの頃、私はほんとうに彼のことが好きだったのだろうか。
彼もまた、ほんとうに私のことが好きだったのだろうか。
お互い、恋に恋していただけなんじゃないか。悲しいけど、そんなことも考えてしまう。
明るくて元気で、友達がたくさんいて、飲み会が大好きで。そんな彼と付き合っている時、不安は尽きなかった。結局2年間付き合っても、最後まで彼のことを信用できなかった。
お互いの価値観や感覚、許せる範囲。すり合わせようと頑張ったこともあったけれど、まるで違う星にいる彼と合わせることはできなかった。
嬉しいことと同じくらい、悲しいことも多かった恋だった。振り返るとそう思う。
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「あの頃ほんとうに私のこと、好きだった?」
「実は浮気してた?時効だから教えてよ」
もう全く連絡を取っていない彼に、興味本位でそんなことを聞いてみたくなってしまう自分もいる。
「入籍おめでとう」って連絡してみようかな。連絡をとるなら今しか機会がないしな。でも、結婚したばかりの奥さんに悪いか…。
そんなことを血迷ったけれど、送ってしまったら返事が来るまでさらに眠れなくなってしまうと思い、とりあえず寝た。
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朝起きたら、もう全部どうでもよくなっていた。連絡したいという気持ちも消えた。連絡したところで、あの頃の気持ちを確かめたところで、何かが変わるわけでもない。
知らなくていい、わからなくていい。わからないからこそ、掘り起こさないからこそ、純粋な「あの頃」として残しておける。当時、彼が私のことを好きであろうが、そうじゃなかろうが、どっちでもいい。
感傷的な気持ちは一晩経って消えていた。それでも私は、あの頃の恋に感謝している。
正反対の彼と一緒にいたおかげで私は幾分かポジティブになれた。恋人ができる未来が見えなかった当時の私だったけれど、こんな私でも一緒にいてくれる人がいるんだと少し自信がついた。
こういう性格の人よりも、こんな価値観を持った人の方が私には合うんだろうな、という自己理解にもつながった。そのおかげで、実はずっと近くにいた今の恋人の魅力に気づいて、しあわせな今がある。だからあの頃の恋に、感謝している。
彼は今、私が住む地域の隣町に住んでいるらしい。どこかでばったり会ってしまってもおかしくない距離だ。別に遭遇してもしなくてもどちらでも良いけれど、もし遭遇したり、すれ違ったりするとしたら…。今がしあわせな私の姿、ハッピーオーラを彼に見せてあげたい。
あの頃、あなたといたときは辛いことも多かったけれど、あなたのおかげで、今がある。あの恋があったから、今がしあわせ。それが私の精一杯の嫌味であり、心からの感謝だ。