かなり周到に準備して、結婚を決めたと思う。
とはいえ、全く迷わなかったわけではない。
1番輝いているタイミングで私を好きになってくれた人が、最もハイレベルな人だろうと思ったのは15歳の頃だった。恋愛のコラムで、「内面が充実し、外見的にも若くて魅力的な年齢はおよそ23〜25歳」という一文を見かけたのだ。

私はその一文を宗教のように信じた。

そもそも外見に自信がないし、内面的にも自分が男性ウケするとは到底思えなかった。根暗で本の虫、すぐ人を論破したがる、太りやすい体質、どれもこれも死ぬほど男ウケとはかけ離れている。

25歳までに結婚できなかったとして、「若さ」という武器を失った自分が婚活市場で生き残れるとは思えなかった。だけど、昔から結婚することがひとつの夢だった。

私は「まともであること」にとてもこだわりをもっていて、それは自分がまともではないことにコンプレックスを持っていることの裏返しだったけど、とにかくそれは私の原動力なのだ。

そして24歳が終わろうかというとき、私は2人の男性のどちらと付き合うべきかを悩んでいた。

◎          ◎ 

ひとりは、有名な映画監督。Aとする。私は映画監督志望なので、とても憧れていた。
もうひとりは、TVのバラエティ番組のディレクター。Bとする。なんか、あんまりかっこいいと思ってなかった。仕事がじゃなくて、態度が。

Aは、いつも偉そうな態度で私に接していて、ぜんぜん優しくなかった。でも、そういう態度がすごく心地よかった。そもそも自分をいい女だと思えないコンプレックスまみれの私は、雑に扱われることを当然だと思っていて、思い悩んだり苦しむことでより相手を好きになるところがあった。
Bは全く逆で、私をふわふわのうさぎだと思ってるのかな?くらい丁寧に扱った。なぜそんなに大事にしてくれるのか理解できず困惑していた。私、あなたに何かしましたっけ?命とか救った?追われれば追われるほど逃げた。

Aと付き合っても結婚までいかないかもしれない。Bは結婚までトントン拍子だろう。でも、私がBを心から好きになるのは難しかった。彼の気持ちを受け入れるためには、「私は大事にされてもいい」とコンプレックスを乗り越えて自己肯定する必要があった。

というわけで、けっこう悩んだ。正直なところ、憧れをとるか安定をとるかだった。

◎          ◎ 

そんなとき、「ゴミ屋敷とトイプードルと私」という漫画を読んでいて、雷に打たれたような衝撃を受けた。その漫画に登場する「サヤ」は私と同じ24歳で、婚約者がいるにもかかわらずSNSでの「映え」に目が眩み、パパ活に没頭していくキャラクターだった。

この話を読んだ時、誇張でなく「私じゃん!?」と叫んだ。

私はAの映画監督という肩書きに憧れて、お近づきになれて舞い上がっていただけだったのだ。な、何をやってるんだ私は……。

Aといても、雑に扱われる自分を嫌いになるばかりだった。でも、Bのことは「こんな私を好きだなんて変なヤツだ」と、ある意味で見下していて、だからこそBの前では自然体でいられることに気づいた。それって家族にもなれるってことじゃないか?そう思ったとたん、Bを男性として意識するようになった。

そうなるともう止まらなかった。私は、私のことが嫌いで、だからこそBは魅力的だった。なぜって、私が私を本気で嫌って、傷つけたいとすら思っていても、Bは私に見えていない私のいいところを見つけてくれる。Bがそばに居てくれたら、私はいつか、私を好きになれるかもしれない。そんな希望が持てた。

◎          ◎ 

私はお気に入りのレストランの個室を予約して、Bを呼び出した。そして言った。

「あっ、あのさぁ……付き合わんか……?」
「えっ……!?」
「なに、イヤなの?」
「いや、でも君にとっては今の曖昧な関係がいいのかなって思ってたから……」

かわいそうに、Bはバンドマンに入れ込むメンヘラみたいなセリフを吐いた。

「で、どうすんの?付き合う?やめる?」
「付き合ってください」
「おし。よろしくな」

私はBと付き合うことにした。

それから予想通りトントン拍子にプロポーズ、それぞれの親に挨拶、と進み、半年後には入籍した。
結婚生活はもうすぐ5周年を迎える。1年に1回くらい大喧嘩もするが、それ以外は仲良く暮らしている。

◎          ◎ 

それにしてもBを選んでよかった。彼と過ごす時間は、1人でいるよりもリラックスできる。あの時Aを選んでいたら、多分すぐに捨てられていた。そしてまた、憧れと恋愛感情を混同して誰かに依存することを繰り返していただろう。

私は自己肯定できるようになったかというと、全部ではないが、かなりできるようになった気がする。

自分を下げて、卑屈になることはある種の逃げだった。自分に期待しなければ、できないことがあっても「どうせ私だし」と思っていればいい。でも今は、そんなことはないと断言できる。人からの愛を受け入れて、やりたいこともたくさんできた。

結婚の決め手になったのは、私と、彼と、私たちの子どもで手を繋いで公園に遊びにいく想像が難なくできたことだった。まだまだ、足りないところもあるけれど、今となっては彼と生きる道を選んだことが私の誇りだ。