忘れもしない、高校二年生の秋。修学旅行から帰って来た私に、一回り離れた妹がかけた言葉は「おかえりなさい」なんかじゃなかった。

「お姉ちゃん、あのね!赤ちゃん産まれるんだって!お姉ちゃんになるの!」疲れが全て吹き飛んだ。それくらい、衝撃的なものだったから。

詳しく話を聞けば、予定日は来月。早まって、二週間前には生まれていた。つまり、母のお腹に赤ちゃんがいると知った二週間後には、新しい家族が生まれたのだ。小説みたいな本当の話である。

新しい家族の誕生が嬉しいと思う反面で、私は何かがポキリと折れた

何故そこまで、私が気付かなかったのか? 気付いてた。お腹が大きかったのを指摘したことだってある。だけど、私はもう高校生だった。まさか、母が妊娠してるだなんて思わなくて「太った?」と聞いただけ。それに対して「うん」と言われたから信じていた。

赤ちゃんの存在が、嬉しくないわけじゃない。赤ちゃんが欲しいと望んだのは、末っ子じゃない。一番上の私だったから。

当時の私は、妹が二人と弟が一人いた。三番目までは年子だったから「お姉ちゃん」なんて呼ばれたことがなかった。一回り離れた妹が生まれてから、初めて「お姉ちゃん」と呼ばれた時は嬉しかった。

ちょっとだけ欲張りになったんだと思う。「お姉ちゃん」と呼んでくれる下の妹か弟が、もう一人欲しいと両親に言ったことがある。「年齢的に無理」と言われたのに、まさか、そんなことがあるなんて、誰が思うだろう。

新しい家族の誕生が嬉しいと思う反面で、私は何かがポキリと折れてしまった。そう、それは本当に突然のこと。「私、お母さんにはならない」ふと、そう思ってしまった。思えば、あの頃から私は「結婚もしないし、子どもも産まない」と言い張っていた気がする。

私と一番下の妹は、16も離れているから母のように子育てもしていた

私は、生理不順だった。初潮が中二の終わり頃、その後三ヶ月ほど来なかった生理が三週間近く続き、来たり来なかったりをずっと繰り返して来た。もちろん病院も行ったけれど「思春期特有のホルモンの乱れだね」で終わってしまった。

だけど、お医者様は優しい声で「いつまでも周期が乱れているなら、何かの病気かもしれないから必ず病院へ来るんだよ。妊娠出来なくなることだってあるからね」と私に言った。その時は、軽い気持ちでしか考えていなかった。だって、その頃は中学三年生で、まだ結婚も出産も視野になんて入れてなかったから。

だから、しばらくの間忘れてた。生理不順は相変わらずで、だけど、病院に行くのはなんだか怖くてずっと行かないまま、高校二年生にまでなってしまった。

妹のあの衝撃的な発言を聞いた時、お医者様のあの言葉を思い出したのだった。それからの私は、結婚と出産の選択肢を自分で消した。誤解をしないで欲しいのだけれど、私はそれを不幸になんて思っていない。

そして、母のお腹から生まれてきた赤ちゃんは、ダウン症の女の子だった。家族みんな悲観なんかしていない、むしろ可愛がって、愛情をたっぷり注いでいる。今は、両親がいるから良い。だけど、両親はあの子よりも先にいなくなってしまう。あの子が20歳を迎える頃には、両親は60を過ぎている。両親がいなくなったら、あの子は誰が守ってあげるのだろう。私が守ってあげなくちゃ。自然にそう考えていた。

私と一番下の妹は、16も離れているのだから、親子といっても違和感はない。生まれてきた妹のお世話は積極的にしたし、保育園のお迎えにだって行った。多分、私はあの時子育てをしていた。母になった気分だった。

妊娠が難しい体でも悲観なんてしていない。末の妹が娘みたいだから

そんな妹も元気に育って10歳になった。私も26歳。所謂、適齢期に入ったわけだけど、相変わらず考えは変わらずに「結婚も出産もしない」だった。

というのも、つい最近、本格的に生理が止まってしまって受診したところ、私の体は排卵が自発的に出来ない体だったらしい。治療すれば排卵だって出来る。妊娠だって、治療すれば……そこまで聞いて、私は思ったのだ。「あの子がいるから、別に良いんじゃないか」。

元々、一人が好きだった私は、他人との共同生活に死ぬほど、息苦しさを感じることを知っていた。結婚なんて無理だなと自覚していたから、妊娠なんて夢のまた夢の話。それで良いと選んだのは私だから、何も文句はない。だって、「結婚がゴール」「女は家庭に入るもの」だなんて考えは、もう古いでしょう?

だから、妊娠が難しい体でも悲観なんてしていない。すくすく育って、私が世話をし過ぎたばかりに「両親よりもお姉ちゃん」の思考の末っ子が、娘みたいなものだから。

「お姉ちゃん、あのね!赤ちゃん産まれるんだって!お姉ちゃんになるの!」その日、私は母になる未来に二重線を重ねた。だけど、その二週間後、私は、“母のような姉”となった。その未来に後悔はしていない。私は今、最高に楽しくて、充実した日々を過ごしている。

ちなみに、私の職業は保育士。子ども達の成長を見守りながら「ママ」と呼ぶ子ども達に「ママじゃなくて先生!」と注意する毎日である。

以前、保護者の方に「子どもにとってはお母さんのようなお姉ちゃんのような、そんな先生に見えました」と言われたことがあった。本物の母になれなくても、母に近い何かにはなれることを私は知っている。