その夏は、お姉ちゃんにとって、ママとして初めて迎える夏だった。
お姉ちゃんは春に第一子を産んで、初めての育児に奮闘している真っ最中だった。

8月はお姉ちゃんの誕生日だ。
それまでのお姉ちゃんは自分の誕生日を何よりも大切にする人で、毎年誕生日は恋人や友達と華やかに過ごしていたのを覚えている。
でも、その年は初めて自分の誕生日を「ああもうそんな時期だね」と、まるで忘れていたかのようで、あのお姉ちゃんでさえも自分の誕生日を忘れるくらい育児って大変なんだとしみじみ思った。
そこで、「だったら私が」と奮起し、銀座へケーキを買いに行った。

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実は誕生日ケーキを私から贈るというのは初めてで、いつもだったら家族や恋人に祝ってもらったりしていたから、私からはプレゼントを渡すだけだった。
でもその年はどうしても私がケーキを贈りたかった。
皆赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、お姉ちゃんの誕生日をいつ祝うのかなんて話題が出てこず、今年お姉ちゃんが誕生日ケーキを食べられなかったらどうしようと心配になったからだ。

銀座のデパ地下でメロンの贅沢なケーキを買って、移動時間の一時間近く、ケーキが倒れないように慎重に守りながら思った。
今年もお姉ちゃんの誕生日が祝えて良かったと。ママになったり、大人になったりしたら誕生日を祝わない妹には、なりたくなかったからだ。
お姉ちゃんは、姉であり、家族であり、私の親友なのだ。

たとえお姉ちゃん自身が自分の誕生日を忘れてしまったとしても、私だけでも、「お誕生日おめでとう」と祝いたかった。
そして何より、ケーキを食べる間だけでいいからお姉ちゃん自身に、お姉ちゃんの誕生日を祝って欲しかったのだ。

帰宅して、お姉ちゃんとお母さん、そして赤ちゃんとメロンのケーキを囲んだ。
銀座のケーキはおしゃれで、一筋縄ではいかない味がして、大人なケーキだなあと思った。
ママになったお姉ちゃんにピッタリだった。
赤ちゃんは絶えずお姉ちゃんの助けを必要としていて、なかなかケーキを食べ進められなかったけどそんな光景は新鮮で、なんだかいつもの誕生日よりちょっと賑やかで、楽しかった。

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子供の頃は、家族が誕生日を祝ってくれる。
成長するにつれて、恋人や友達が誕生日を祝ってくれるようになるかもしれない。
そして、大人になったら誕生日を祝わなくなる人は沢山いる。

別に誕生日なんて祝わなくたって幸せになれるかもしれない。
でも、自分の子供の誕生日は祝いながら、自分のことは後回しにせざるを得ないくらい忙しいママになったからこそ、これからもお姉ちゃんの誕生日を祝いたいって、心から思うのだ。

生まれてきてくれてありがとう、産んでくれてありがとう。
毎日育児や家事をしてくれてありがとう。
毎日赤ちゃんを元気に育ててくれて、自分も元気でいてくれてありがとう。

これからもずっと素敵に生きていってね、と普段言えない想いを遠慮なく贈りたいのだ。
だから今でも、店にメロンが並ぶようになるとああ、あんな夏があったなと思い出す。
そして今年もお姉ちゃんの誕生日を目一杯祝おう、遠慮なく感謝と愛を贈ろうと、心の中で計画を立てるのだ。