私が働いているケーキ屋さんは、いつも混んでいる。正直言うと、ケーキ屋さんで働く前はケーキ屋さんはこどもの日とか母の日とかクリスマスとか、そういう「特別な日」だけ混んで、「なんでもない」平日は空いていると思っていた。

でも実際のところ「なんでもない日」なんてなかった。平日でも誰かの誕生日だったり、就職が決まった日だったり、あるふたりの記念日だったり、毎日が誰かの「お祝いの日」なのだ。

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「これください」

ショーケースに並ぶいくつものケーキからお客さまが気に入ったケーキを選ぶ。お誕生日だとおっしゃるので「おめでとうございます」と言ってケーキを渡すと、お客さまは嬉しそうに笑ってくださる。

ケーキ屋さんのショーケースには、いつも誰かを祝うためのケーキが並んでいる。お客さまがケーキを選び、私たちがチョコプレートに名前やメッセージを書いてケーキにのせれば世界にひとつのお祝いのケーキの完成だ。

たまに名前を間違えてしまったりケーキのクリームが削れてしまうこともある。「遅い!」と怒られてしまうこともある。私たちには毎日のことでも、お客さまにとっては一度きり。

誰かの一度きりのお祝いの日を台無しにしてしまわないように。とびきり特別なものにするために。ケーキは壊れやすいから慎重に慎重に、丁寧に。でもお待たせしないようにできるだけ早く用意する。

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チョコペンで文字を書くのは難しいし肩も凝る。それでもできる限り、お客さまのお望みを叶えたい。バタバタと慌ただしい店内で、集中してチョコペンを握る。タルトケーキの横でゲシュタルト崩壊が起こりそうなほど、文字の形に集中して。チョコでできた美味しそうな文字ができあがっていく。最後の一文字を書いて、ほっと息をつく。

今まで書いた中で一番難しかったのは
「結婚60周年おめでとう」
その年月に驚きつつ、「結婚」と言う文字の難易度の高さに苦しみながらも、なんとか書いた。

時間もかかったし肩も凝った。けれど書けたときの達成感とお客さまの笑顔といったら…。結婚60周年、きっと他人の私には想像もできないような数多くの出来事があったのだろう。人生のそんな貴重な場面をお祝いするお手伝いができることに喜びを覚える。

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「ありがとう」と言われるだけで、「また頑張ろう!」と思える。頑張ろう、頑張ろう。だめだめでも、怒られても、もっと練習して頑張ろう。誰かの幸せなお祝いの日をもっと幸せにするために。

私が今まで大切な人たちからしてもらったお祝いの日々を思い出す。淡く黄色い雰囲気が漂う、朗らかなお祝いの日、家族での和気藹々としたお祝いの日、ふたりきりの静かなお祝いの日もあった。お祝いの日にはホールケーキがあることが多かったように思う。

その時に食べたホールケーキを思い出して。ホールケーキを渡してくれたケーキ屋さんのお姉さんみたいになれますように。不器用な私でも、きっと大丈夫。今日も信じて、制服に身を包む。甘い香りに誘われてかわいいスイーツに囲まれて誰かの特別をラッピングする。

お祝いの日にケーキと笑顔を添えて。想いを込めるのも忘れずに。
「おめでとうございます」
今日も私は誰かのお祝いのケーキを用意する。