20歳の誕生日の夜は、家族でレストランへ行って食事をした。各駅停車で3駅ほど行った先にある、母お気に入りの、地元で愛されるイタリアンレストランだった。
いや、フレンチだったかもしれない。どんな料理が出てきたか全く思い出せない。お酒を飲んだかどうかも定かでない。家族がどんな席順で座ったか、どんな言葉でお祝いしてもらったか、食事中にした会話も、一切覚えていない。
そんな中で、食事の最後に出てきたケーキだけが、鮮明に記憶に残っている。なんの変哲もない、スタンダードなホールケーキだ。ものすごく大きいということもなく、むしろ小ぶりなくらいだった。
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父と母、祖母と私の4人家族。一人っ子で大人3人に囲まれて育ってきたからか、無口で自己主張の少ない性格に育った。
中学生になるくらいまでは、自分がやりたいことや欲しいものをはっきり主張し、感情の起伏が激しい子どもだった。自分の主張が通らないとケンカになり、叱られて泣きわめく。それでも言うことを聞かないと、玄関から外に締め出される。それが日常茶飯事だった。
たまにちょっと頭を捻って交換条件を提示して交渉しようとしても、大人の立場や知恵には敵わない。「今はそう言ったって、どうせ約束守らないんだから」「ダメなものはダメ」、そうやって頭ごなしに否定された。
それに加え、学校や友達同士で楽しかったことを話して、共感してもらった記憶もなければ、褒められた記憶もない。家族と過ごす時間は、私にとって修行でしかなかった。
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家族は私が無事に大人になるよう、衣食住や教育を与え、叱り、人間性を鍛える存在。家族と共に時間を過ごすことは、楽しいとか嬉しいとかいう感情を伴うものでは決してない。高校生の頃には諦めがついて、家族と過ごすことは、自分がちゃんと大人になるための修行のようなものだと捉えていた。
幼い頃からの修行の末、家族の中で自分の意見を通そうとするのは無駄だと悟った。いつしか、自己主張が少ない性格になっていた。
目に見えて仲が悪いわけではない。ただただ、家族との会話で印象に残っていること、特にプラスの方向に感情が動いた記憶が皆無なのだ。産んでしまったから、養育する義務があるから、私が大人になるまでは仕方なく一緒に暮らし、面倒を見てくれるだけだ。自分に対する家族の態度を目の当たりにして、孤独で心が張り裂けそうになって、よく布団でめそめそ泣いていた。
マスメディアで一般常識に触れ、学校で道徳教育を学ぶ中で、親は子どもに無償の愛をかけてくれる存在らしいと、知識としては知っていた。しかしそれが自分に当てはまる根拠はなかった。日々の生活の中で、自分が本当に家族にとって大切であると、実感を持って腹落ちできる経験があまりに少なかった。一緒に暮らしているこの3人の大人にとって、本当に私は大切な存在なのだろうか。確信がずっと持てなかった。
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家族と過ごす時間は楽しいものではなかったが、成人を迎える20歳の誕生日は家族と過ごした。そこに対する疑問や恥ずかしさは一切なかった。家族への愛着や、感謝の気持ちは大いにある。ここまで育ててくれた家族との、成人祝いの誕生日ディナーを断るのは、さすがに不義理だと思った。
でも特別な場面だからといって、急に関係性が良くなるわけではない。今日に限ってお互い上機嫌で接するわけにもいかず、結局なんとなくぎこちない時間だけが過ぎていった。
食卓でテレビが流れているからなんとなく話題ができて、やっと会話ができるというのは、多くの家庭にあることなのではないだろうか。我が家も例外ではなく、普段の食事でちょっとした会話ができるのは、テレビが適度な話題を提供してくれるからでしかない。それが小洒落たレストランで、テレビもなく、コース料理をゆっくり味わうとなると、本当に何を話したらいいかわからない。
終始盛り上がらなかった。粛々と、儀式のように食事が進んでいった。でも美味しいごはんが食べられる儀式なら苦ではない、そう思ってやり過ごそう。ディナーの主役であるにも関わらず、私の感情はほとんど無だった。
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食事の最後、家族の控えめなハッピーバースデーの歌とともに、小ぶりなホールケーキが私の目の前に置かれた。数種類のフルーツがトッピングされた、シンプルでスタンダードなケーキだ。突飛な装飾があるわけでもなく、特別大きいわけでもない。
それでも、お誕生日のサプライズらしく、お皿にチョコペンでメッセージが書かれていた。予約時、母がお店に頼んでくれたのであろう。私の誕生日を祝うメッセージとともにこう書かれていた。
「やさしい子に育ってくれてありがとう」
その言葉を読んだ瞬間、凍り付いたようにびくともしなかった感情が、ぐわりと揺れ動いた。私って、家族から優しいと思われていたんだ。優しいところが良いと思われていたんだ。自分でもびっくりするくらい、ボロボロ涙があふれて止まらなかった。
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それまで家族にはほとんど褒められることなく育ってきたから、自分のどういうところが家族から良いと思われているのか分からなかった。家族にとって自分がどういう存在なのか。どういう存在であることを望まれているのか。そんな問いさえ持てなかった。
家族は私にとって、安心できる場所ではなかった。血縁関係に縛られて、社会から強制されて、義務という外的要因で繋がっているだけの親子関係だ。そう思いたくはなかったけれど、長い間答えが見つけられなくて、そう思うことしかできずにいた。
ケーキに書かれた言葉に、ずっと探していた答えを見つけた。ずっと寂しかった自分自身に気付いて、涙が止まらなかった。ボロボロと涙をこぼす私を、家族は黙って見守っていた。
細いチョコペンで書かれた言葉が、溶けて消えてしまわないように、私はこの不器用な家族の一員として生きていく。