フィリピンに来てから3日目だった。チェーン店を探し回ったが、なかなか見つからないうえ、見つけても席がまったく空いていなかった。
ものすごく空腹で、歩き回って疲れていたから、早くどこかに入って何か食べたかった。
そんな時に目に入ったのが、道路を挟んで向かい側にあった、何やら食べ物屋らしき場所。

ものすごい交通量の通りに面したあの店の中を見ようと、遠くから頑張って目を凝らしたが、排気ガスで目が痛くてよく見えなかった。入口のドアなどはなく、外に鍋やトレーのようなものが並んでいる。屋台のような雰囲気だが、中に机がある。テイクアウトでもなさそうだ。店先には女性が2人、エプロンを着ている。

とりあえず店の前に行って見てみよう。
そう思い、渋滞でまったく動かない車の間を恐る恐るすり抜けて向かい側に渡る。

◎          ◎ 

店の前に立った時、これは失敗だと思った。

料理にはハエがたかっていた。店の中には野犬もいた。
何事もなかったかのように立ち去ろうとしたとき、お店の女性が布でハエを追いやりながら私に話しかけてきた。現地語を明らかに理解していない私の顔を見て、女性は英語に切り替えて熱心に料理の説明を始めた。

「あの鍋は肉炒め、このトレーは野菜と肉を煮込んだやつ、ご飯とスープもつくよ」

その様子を見て、もうひとりのお店の女性も話しかけてくる。
やばい、もう戻れない。

もともと1人旅が好きで、今回は初めてフィリピンに来た。
日本とは食文化や生活が違うことは何となく理解していたし、正直予想を超えてはきたけれど、この予想外の出来事が畳みかけてくる「現地感」はちょっと面白シュールだった。
絶対に女性観光客が1人で入るようなお店ではないが、外は40度、だんだん暗くなってきたしもう歩きたくない。もうこの際いっそ腹を壊してもいいや、経験として試してみるか!と半ば勢いでここで食べることに決めた。

◎          ◎ 

ゴーヤが入った卵炒めと豚肉の何かを指さすと、女性は「OK!」と親指を立ててにこっと笑い、積んであったプラスチックのお皿に料理を盛り始めた。
脚ががたついた椅子に腰かけ、料理がでてくるのを待っていた時、ふと顔の汗をぬぐったら指が少し黒くなった。この排気ガスが充満した通りを歩き続けたせいで、顔が黒くなっていた。

目の前に料理が出てきた。お皿にはおかず2種類とビニール袋に入ったご飯、別のお椀にはスープ。

「いただきます」

女性たちはずっと私のことを興味深そうに見ていたが、手を合わせてお辞儀する私を見て、「おお!ジャパニーズ!」と笑っていた。
私の足元で、犬が食べ物を欲しそうに私を見上げている。

明らかにスプーンで食べるような料理ではなく箸が欲しかったが、女性が渡してくれたスプーンで何とか料理を口に運ぶ。

「うんまっ!!!!」

感動して目を見開いて、声まで出てしまった。大げさかもしれないが、何かが腹の底からじわっと込み上げてきて目が潤んだ。空腹だった私は、夢中になって食べた。

◎          ◎ 

現地の男性がふらっと店の前に来て、テキトーに注文をして、私の隣のテーブルに腰かける。今度はその男性のところに犬が寄り付く。店の前の通りでは、相変わらずクラクションが鳴りやまない。そのクラクションにも負けないくらいの声量で、女性2人は現地語で何か話している。
これが、ここの人たちの日常なんだな。そう思った。

日本と違いすぎて、ここで食事をするなんて正直気が乗らなかった。でも、彼女たちは、現地の人たちは、ここで暮らしていて、この日常を当たり前のように過ごしているんだなと感じた。
ここに来たのは私の方で、現地の日常に私が踏み込んでいるんだ。
私は怪訝な顔でお店に近づいて、嫌なものを見るような目で料理を眺めていたに違いない。なんて失礼なことをしたんだ、と自分を恥ずかしく思った。
にもかかわらず、気前よく出迎えてくれた女性たち。女性たちの方を見て、Awesome!!!と親指を立ててみせると、その声に安心したような表情になり、彼女たちも得意げに親指を立てた。

◎          ◎ 

「日本から1人で来たのね、ここに来てくれてありがとうねぇ。他にもこういうお店、たくさんあるのよ」

女性たちは嬉しそうにそう言うと、お店を出る私を笑顔で見送ってくれた。
この心がじわっと温かくなる感覚。
あのお店を選ばなかったら、味わえなかった感覚だった。

帰り道、似たようなスタイルのお店をたくさん見た。最初はチェーン店ばかり探していたからまったく目につかなかったが、こんなにたくさんあったのか。

「明日はここで食べようかな」

店先に並ぶ鍋やトレーの中を順番に覗き込みながら、クラクションが鳴り響く通りを再び歩いた。