「パパー!あの風船買ってー!」「パパこっち来てー!」
ある晴れた週末の午後、そんな子どもの明るい声を聞いて、ふと感じる。

いつからだろう、父親と距離が離れていったのは。別に嫌いではない。嫌悪感を抱いているわけでもない。ただ、わたしの知らない間に父親との距離が少しずつ離れていってしまっただけの。そんなわたしには、30年間生きてきて今でも胸の奥底に残っている父親との想い出がある。

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それはクリスマスの話だ。
小さいころ、わたしはサンタを信じていた。赤い服を着て、トナカイが引っ張るソリでやってきて、世界中のみんなの家にプレゼントを届けてくれると本気で思っていたのだ。まわりの友達も2つ上のお兄ちゃんもみんなサンタを信じていた。

今になって冷静に考えてみたら、世界中にプレゼントを配る職業なんてあるわけがない。でも、ときには純粋で、ときにはファンタジーなのが「子ども」というもの。当時のわたしは何の疑いもなく、「サンタ」という謎の怪しいおじいさんの存在を信じていた。

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むかしむかしに見た本で、サンタが赤い靴下にプレゼントを入れている絵を見た。その絵本をきっかけに「サンタは赤い靴下を用意している人にだけプレゼントをくれるんだ」と思い、すぐさま居間で爪を切っている父親に事情を説明して「赤い靴下をくれ」とせがんだ。

父親は「サンタさんにプレゼントをもらうんだから、自分で靴下を作ってみたら?」と一言。父親の言葉を聞いたわたしは、すぐさま母親に靴下の作り方を教わった。わたしは、外国の絵本に出てくるような、綺麗な編み目がついた毛糸の靴下を想像していた。だけれど、母親が教えてくれたのは100円均一で買った赤いフェルトを切ってボンドで貼るだけの簡単な靴下。

わたしはちょっぴり落胆したけれど、母親のお手本に続いて赤いフェルトを丁寧に切って木工用ボンドでフェルトを貼っていく。5歳の子どもにとっては、こんな単純な作業も一苦労。手編みの靴下なんて100億年早いことを痛感したのだ。

途中、母親に手伝ってもらいながらなんとかクリスマス用の赤い靴下が完成した。フェルトと一緒に100円均一で購入した小さな鈴を最後に付けると、それっぽい見た目に仕上がった。

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あとはクリスマスを待つだけ。クリスマスイブの夜、寝る前に自分の枕元に置いておくだけで翌朝にはサンタがプレゼントを入れてくれる。だけれど、子どものわたしにはそれだけでは物足りなかった。

憧れていた手編みの靴下ではないけれど、わざわざ時間をかけて作った赤い靴下。幼稚園のみんなに自慢したい。そう思い、誰にも見つからないよう幼稚園に毎日持っていく黄色い手提げバッグにフェルトの靴下を入れた。

翌日、幼稚園で昨日作った赤い靴下を幼稚園で友達に自慢した。「ほんとにカナちゃんが作ったの?かわいい!すごいね!」友達だけでなく、先生たちにも褒めてもらった。いい気になったわたしは、幼稚園から帰ると家のドアに自慢の赤い靴下を掛けた。これで、もっとたくさんの人にわたしの赤い靴下を見てもらえる。

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そして、今日は待ちに待ったクリスマスイブ。夜のミッションは枕元に靴下を置くこと。ドアに掛けた靴下を取り外そうと思い玄関に行くと、そこにあったはずの靴下が無い。まわりを見渡しても無い。母親に聞いても「知らない」の一言。わたしは膝から崩れ落ちた。この日のためにつくった靴下をなくしてしまったのだ。

わたしは泣いて泣いて泣き崩れた。落ち込んでいるわたしを見て、父親が「靴下なんかなくてもサンタさんはくるよ」と言ったが、そんな言葉にわたしは納得しなかった。サンタなんてまったく期待をしないまま、その日は眠りについたのを覚えている。

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次の日の朝、わたしはカーテンの隙間から覗く日差しと小鳥のさえずりで目が覚めた。ゆっくりと目を開けると、隣に何かが置いてあることに気がついた。左を向くと赤い靴下がひとつ。しかも、なんだか見覚えがある。そう、このぼろぼろでくたくたの靴下は父親が履いているものだ。

靴下の中を見てみると、わたしがサンタにお願いしていたゲームソフトが入っていた。裏を見てみると、これまた見覚えのある文字で「サンタより」と書いてあった。夜な夜な父親がわたしを起こさないようにそっとプレゼントを枕元に置いている光景を想像したわたしは、思わずプッと吹き出してしまった。

わたしはこの瞬間に、サンタの正体は父親なんだということを知った。でも、そんな衝撃よりも父親がわたしのために必死で赤い靴下を用意してくれたことが嬉しかった。わたしは、そのとき人生で初めて「贈り物」をもらった気がした。

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それ以来、毎年クリスマス時期になると、わたしは必ず父親の靴下を思い出す。
思いきって父親に「クリスマスプレゼントさ、何が欲しい?」
少しぶっきらぼうに聞いてみる。

「んー、新しい靴下が欲しいな」。

どうやら、この想い出を大切にしているのはわたしだけじゃないみたいだ。