BOOKOFFで、とある親子の姿に涙したことがある。5〜6年生くらいの女の子と母親らしき女性が、「せ」から始まる作者の棚で話をしていた。小説を買ってもらおうと交渉しているのだろう、あれこれ本棚から取り出しては、キラキラした声であらすじを読む。母親もまんざらでもない様子。
私もかつて同じように、母親と本を吟味した。舞台は古本屋ではなく図書館。自分名義のカードでは借りられる本の数に限りがあるため、「この本、お母さんのカードで借りてくれない?」と交渉するためである。
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読書家の母に連れられ、幼稚園の頃から、毎週のように図書館に足を運んだ。絵本の読み聞かせや、地域の子どもを集めて人形劇を上演していた大きめの図書館は、休日のよいお出かけスポットだったのだろう。初めて自分で選んだ本の記憶は定かではないが、小学校入学後、「かいけつゾロリ」や「わかったさん」「こまったさん」シリーズを読んでいた頃には、1人で図書館内をうろちょろ歩き回っていた記憶がある。読みたい本は年齢と共にどんどん増え、自分のカードだけでは足りず、母の貸出分として借りてもらうようになった。
本のページをめくるだけで、パステルカラーの可愛いお城に住んだり、幻の獣を操ったり、名探偵の謎解きを楽しんだりできる。あっという間に別の世界の住人になれる、没入感の虜だった。学校の図書室に自由に出入りできるようになると、2時間目と3時間目の間に本を借り、給食の時間を削って読み、昼休みに返却する暮らしが始まった。
中学、高校では部活と受験勉強で忙しく、読書量は減った。図書館に行くことはあっても、膨大な課題をこなすための勉強目当て。本棚の前に立ち、のんびり読みたい本を選ぶことはなかった。受験を終え少しずつ読書習慣を取り戻すと、帰省の度にリビングの本棚をのぞくようになった。母が図書館で借りてきた本が並ぶ小さな本棚。「最近おもしろい本あった?」と母に聞きながら、おもしろそうな本を選んで自室に持ち帰る。
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社会人になってもその習慣は変わらず、一方本棚のラインナップは変わり続ける。ある時、本棚の様子をみて少しばかり心配になることがあった。「終活」とか、「60代からの〇〇」のように年齢を意識した本の他に、「みるみる不安が軽くなる!〜」のような心理系のタイトルを見かけるようになった。離れて暮らす今、毎日顔を合わせるわけではないから、何か悩みでもあるのだろうかと気になってしまう。
さらに、以前は見かけなかった、漫画が本棚に加わることも増えた。聞けば、新しい作者の小説を読むのは集中力がいるから、SNSで好みだったイラストレーターの漫画を読むのにハマっているという。その気持ちは分からなくもない。自分でさえ図書館に行けば、見知った作者とはじめて読む作者をバランスよく借りている。自分が大人になったんだから母だってそりゃ老いるよと思いつつ、切ない気持ちもある。
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冒頭で触れた親子は、瀬尾まいこさんの本を数冊見比べていた。中学生の頃、ホラー好きな友人が凄惨なミステリー小説ばかり読んでいて、親から「本棚を見てると心配になる」と言われたと話していた。本好きの性か、母親とはそういうものなのか、子どもが今どんなことに興味を持っていて、どんな文章を好んで読むのか知りたいのではないだろうか。見かけた母親はきっと、瀬尾まいこさんの小説がどんなものか、どんな魅力があるか知っていて、娘さんと楽しそうな談義ができたのではないだろうか。
知らない親子の本を通じた絆を勝手に深読みして、店を出るまで涙をこらえるしか無かった。私はまた、実家に帰っては「最近おもしろい本読んだよ」と母に報告するだろう。そんなやり取りが、できるだけ長く続くことを願ってやまない。