大学4年生の春が過ぎたころ、はじめての1人旅行長野に来ていた。
いや、まだ来ていなかった。特急あずさが止まって甲府から1時間以上動かなかったのだ。

進路に迷い、頑張っても結果は出ず、落ち込んでいた自分エネルギーチャージのために、前々日に思い立って来てしまった。

そんな準備不足が心配される1人旅なのに、電車の時間やご飯の場所、更に観光したい場所をも調べつくし準備満タン。あとは実行するのみ!のはずだったのに、出鼻をくじかれる思いであずさの中で今か今かと待っていた。

◎          ◎ 

結局、目的の上諏訪駅に到着したのは予定より2時間以上も遅れた13時30分頃。ここでは酒蔵巡りと有名な更科そばを食べる予定だった。お昼時も終わってしまう。急いで行きたかった有名な更科そば屋さんに向かった。

なんとか列に並んだが、私の目の前でおそばは終了。周りの飲食店もすでに看板をしまっていて、初めての1人旅にして初めての地で途方に暮れた。ここまで来たのに駅前のコンビニかパン屋さんしか選択肢がなかった。

とぼとぼ駅に戻って観光案内所を見つけた。「ここだ!」とすぐに向かって相談した。

「この辺で更科そば食べられるお店はありますか?」
「残念ながらどこも閉まっちゃって…」と言われて落胆した。そうか、おそば食べられないのか、と。
「おそばは無いけど、ここならこの時間でもいているよ」と1店紹介してもらった。みそ天丼も有名だから食べてみてねと言われたが、天ぷらを食べたい気分でも無かったので、またとぼとぼと仕方なくそのお店へ向かった。

◎          ◎ 

おばあちゃんの家のような懐かしさを感じる店内だった。座敷と大きなテーブルが1つ。大きなテーブルにはおばあちゃんが座っていた。私はおばあちゃんのいる大きなテーブルに案内された。

メニューに更科そばが見えたので、すぐに「更科そばください」と言った。「ごめんなさいね。終わっちゃったのよ」と私はさらにがっかりした。今日はとことんついてない。仕方なく、おすすめされたみそ天丼を注文した。

待つ間、おばあちゃんからお通しのような漬物を頂いた。これが疲れた身体に染み渡るいい塩加減で、お茶とよく合った。少しずつ期待が膨らむ。
「お待たせしました」と出されたのは天丼となにやらもう1品ついていた。

「ご飯がちょっとだけ足りなくてね、更科そばじゃないけどおそばのサービスだよ」

ほかほかのご飯に盛られた天ぷら、その上には色の濃いお味噌。そして横には食べたかったおそば。

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一口目、濃厚なみそが天ぷらにこんなにも合うのかと驚いた。これ、ものすっごく美味しい。おみそだから天ぷらはいつまでたってもさっくさく。おみそとご飯も合わないはずがなく、気乗りしなかったはずの天丼が勢いよく減っていった。

忘れそうになっていたおそばも食べる。こちらは山菜のせ。そばのあたたかいつゆにホッとする。

気が付いたらものすごくゆっくり味わってご飯と向き合っていた。こんなにも目の前のご飯に集中したことはあっただろうか。念願のご飯だったからだろうか。いや、このお店の懐かしい雰囲気あってのことのような気もする。ただ黙々と食べ続けた。

おそばのおかげで量が多かったのだろう。お腹がはちきれそうなくらいいっぱいになった。ご飯でこれほどの多幸感を感じたのはいつ以来だろうか。
「美味しかったです。おそばもありがとうございます」そう言ってお店を出た私は、来た時からは考えられないくらい元気になっていた。

◎          ◎ 

あんなに食べたかった更科そばは食べられなかったけど、気分じゃなかったみそ天丼を食べることになった。でもみそ天丼は想像以上のおいしさで、おそばのサービスもいただいて、お腹ははちきれそうで多幸感に満ちていた。
こんなにも食事で一喜一憂してしまう自分に呆れ、美味しいものを食べれるだけで見違えるほど元気になれる単純さにもまた呆れてしまった。

この1人旅は、これ以降は大きなハプニングもなく、ほぼ予定通り楽しんで終わることとなった。目的地に行った時は感動したし、来てよかったと思った。でも振り返ってみると、こんなにも振り回されて、人に助けられた旅は未だない。
まだまだ長野には行ってみたい場所がある。次行く時はもっと自信をもった私で。そして次こそは更科そばを食べたいと思いつつ、でもやっぱりこの時のお店に行ってしまいそうな気がする。