ここ数年、父からのメッセージアプリの通知をオフにしている。
だからこそなのだろうか。ふとアプリを開いたときに、父の名前と通知されなかった新着メッセージが思わず目に入ってしまう。
「元気ですか。こちらはあまり調子が良くなくて、しんどい日々です。いい季節だから外を歩きたいけれど、それもかないませんね」
自らの体調不良への嘆きと、少し陰鬱とした言葉たち。またか、と思わずため息をつき、スマートフォンを裏返した。

父から来るメッセージを、疎ましく感じるようになったのは、いつからだろう。
父と話すのが、ずっとずっと大好きだったのに。

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父は、40歳を過ぎてから生まれた末っ子長女の私に滅法弱く、文字通り猫かわいがりしてくれた。幼い私へ向けられる父の目はいつも優しく笑っていて、動物園や水族館などいろいろなところに連れて行ってくれた。週に1度、旅番組を一緒に見るのが習慣で、私が旅やローカル線を好きになったのは、今考えると紛れもなく父の影響である。

父とは本当によく会話をした。学校のこと、友達のこと、部活のこと、進路のこと、就職活動のこと。社会人になってから、仕事の悩みを打ち明けたときも、心の道しるべとなるような言葉で、私に寄り添ってくれた。

そして、私が今こんな風に拙いながらエッセイのようなものを記しているのも、父の言葉によるところが大きい。父は、学校の作文の宿題など、何かの折に私が書く文章をよく褒めてくれた。それがとても嬉しくて、誇らしかった。

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けれど、もともと身体が弱い父は、小さな体調不良や怪我をきっかけに、段々と自分の思うように身体を動かせなくなっていった。

お腹が張って食欲がない、目が見えにくい、眠れない。いつからか、メッセージのやり取りやビデオ通話をする度、体調不良とそれに伴う気持ちの落ち込みばかりを聞くようになり、私は次第に父とのやり取りを楽しいと感じられなくなっていった。

共感しても、励ましても様子は変わらなかった。

不安や落胆、もどかしさを吐き出したかっただけで、ただうんうん、と黙って聞いて欲しかったのかもしれないけれど、そこまで父の気持ちに寄り添う余裕がなかった。ちょうどその時私は妊娠中で、体調が優れない、仕事が忙しい、そんな言い訳を重ねて、父とのやり取りをなるべく避けるようになった。

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出産が近づき、私が長期間実家に滞在しているとき、父が入院した。

毎日顔を合わせて愚痴を聞くストレスはなくなったけれど、入院先からメッセージが送られてきて、返すのが遅れると「娘からメッセージが返ってこない」と母伝いに言われた。お見舞いに行くのが予定時間より遅れると、「待たされて気持ちが沈んだ」と面会時間の30分間ずっとこぼされた。

かと言って、入院中の父に、連絡を控えてほしい、と伝えることもできなかった。多分、私が父を煩わしく感じていることは伝わっている。それを言葉にしたら、父が、そして何より自分が傷つくだろう。
結局、大好きだった父に、というよりは、今の父を受け入れられない自分自身に向き合うことが怖かったのだ。

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出産後、私が育児で忙しくてなかなかメッセージのやり取りができない、と察したのか、父からの連絡は少し減った。自分の気持ちを伝えることはできていないが、今は徐々に父との程よい距離感を見出せるようになってきている。
それでもなお、未だにメッセージの通知をオンにすることができない。どんな父でも受け入れるだけの覚悟は、まだできていない。

そんな中、最近私は子育てしながらの働き方に思うところがあって、ふとしたときに文章を書くような仕事をしたいと母に話した。その後すぐ、例のごとく父からメッセージが来ていることに気付いた。

エッセイスト、向いていると思いますよ。

あの頃の、父の言葉に感じた小さな嬉しさと誇らしさを、久しぶりに思い出した気がした。
私が書く文章を、いつか父に読んでもらいたいと思った。