「ネガティブでもいいんじゃない?」
友人のこの言葉をきっかけに、私の人生観は大きく変わった。

スーパーネガティブ人間の誕生。上手くいかない結果ばかり想像した

私はネガティブな人間だ。
といっても生まれたときからそうだったわけではない。少し引っ込み思案なところはあったものの、幼い頃の私は前向きに、毎日を楽しんで過ごしていた。ところが小学生になったとき、私をネガティブ人間へと変化させるある出来事が発生した。

仲の良い子に裏で悪口を言われていたことを知ったのだ。
今思えば小学生が悪口を言うことなんて特段珍しくもないし、その子も軽い気持ちで何となく言っていたのだろうけど、当時の私にとっては非常にショックな出来事だった。
これ以降、友達と話すときには「私はこの子が好きだけど向こうからは嫌われているかもしれない」という不安が頭をよぎるようになった。何か行動を起こすときには、それが上手くいかない結果ばかり想像してしまうようになった。何かを発言した後には、「ああ言わなければよかった」「こう言えばよかった」と脳内で一人反省会をしがちになった。
スーパーネガティブ人間の誕生である。

ネガティブな人は大成できないとか、マイナス思考の人は長生きできないからプラス思考になりましょうとか、世間はそういうことばかり言うけれど、その言葉を聞けば聞くほど私のネガティブ度は増していった。根っからのネガティブ人間にとって、染みついたネガティブ根性は変えようと思って簡単に変えられるものではないのだ。そのことが私をまた暗い気持ちにさせた。
ネガティブだから私は駄目な人間なんだ。私もポジティブな人間になりたかった。
いつしか私はそう思うようになっていた。

ネガティブな私は短所はすぐに書けても、長所がなかなか書けなかった

そんなある日のことだ。授業で自分の長所と短所について書く課題が出て、私は友人と一緒にその課題に取り組んでいた。例によってネガティブな私は、短所はすぐに書けても長所がなかなか書けなかった。
「自分の長所って全然思いつかないんだよね。こういうネガティブなところが駄目なんだろうな」。つい、そんなことを口にしてしまった。そして後悔した。こんな後ろ向きな発言をされたら相手も困るに決まっているのに…と。
しかしそんな私の不安をよそに、友人は特に困ったような顔も、面倒くさそうな顔もせずに言った。

「ネガティブでもいいんじゃない?」
「無理にポジティブになる必要もないよ。少しくらいネガティブなところがあった方がいいと思うけど」

無理にポジティブにならなくていい。そう考えることで心は軽くなった

友人のこの言葉を聞いたとき私は衝撃を受けた。ネガティブでもいいって?
でも振り返ってみると、確かに自分のネガティブな面には助けられたこともあった。上手くいかないケースを想定するから、用意周到になる。おかげで過去に旅行先でトラブルが生じた際にもすぐに解決できた。それに慎重に動くから、デマ情報に騙されることが少ないし、相手を傷つけるような発言をして人間関係が壊れることもない。

私は気づいた。「あれ、ネガティブって結構良いところあるんじゃない?」と。

それからの私は、ネガティブな自分の性格を受け入れることにした。
無理にポジティブにならなくてもいい。ありのままの自分でいい。そう考えることで私の心は軽くなった。きっとこの先も、私はネガティブなままだろう。でも過去の私とは違う。ネガティブ人間には変わりないけれど、毎日を楽しみながら過ごせるような、そんな余裕を手に入れることができたから。

私に言ったことなんてもう忘れてしまったかもしれないけど、それでもあの友人に伝えたい。
今の私に出会わせてくれてありがとう。