私は世代的には珍しく、子供の多い地域で育った。
そのため体育の授業は大量の子供たちを監督するだけで先生は手一杯らしく、やらせるだけで教えるというところまで手が回らなかった。その子に合わせたアドバイスも指導もなく、できる子はできるし、できない子はできないまま体育の授業は進んでいった。

不登校だったので中学校の体育は受けていないのだが、高校の体育の授業はほぼ全て「中学校でやってるからわかるでしょ」と言われるのみで、その他はヤジのような声がけしかなかった。

私はとにかく運動ができなかった。私が体育の授業で習得したのは運動への苦手意識だった。
体を動かす楽しさに気づいたのはコロナが流行し始めて、ステイホームが叫ばれていた時期だった。中止や延期になった楽しいことが再開した際、体力面で楽しめなかったら困ると思い、筋トレに励んだ。人生でいちばん筋トレをした時期だったと思う。

マイペースにできるし、やればやっただけ成果の出る筋トレは楽しかった。残念ながらコロナワクチンを接種した際の副反応がひどく、筋トレは途切れてしまった。その後、忙しくなったり、体調を崩したりで今では関係各所がぷよぷよになっている。

◎          ◎ 

体を動かす楽しさに気づいた後はスポーツの楽しさに気づいた。きっかけはボッチャである。ボッチャは野球ボール大の布のボールを使ったカーリングのような競技だ。ボールを握れない人でも専用の器具を使ってボールを投げて参加することができる身体障害者向けのスポーツだ。

2021年の東京パラリンピックで有名になったボッチャだが、私はその前に復職訓練のレクリエーションの一環で経験があった。レクリエーションなので本格的ではなかったのだが、それでもとても楽しかった。

見た目よりはるかに難しいし、一投で勝ち負けの全てがひっくり返ることがあるので最後の最後まで気が抜けなかった。大抵、投げたいところには投げられない。力加減が難しいのだ。障害者スポーツは基本的には誰でもできるように作られていると思うのだが、誰でもできるだけであって簡単ではない。

時間をおいて、ゴールボールを体験する機会があった。ゴールボールは視覚をほぼ使わず、鈴の入ったボールを用いて聴覚をフル活用するハンドボールのような競技だ。
私は投げる方はてんで話にならなかったのだが、ゴールキーパーは才能があったらしく、来たボールは全部取れた。私は聴覚が過敏なのだが、それが活かされたようだ。

体験とはいえ、これはなかなか筋がいいと自他ともに認めたので、サークルか何かに所属してみようかしらと思ったら、地元にはゴールボールのサークルがなかった。残念。

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私は生育環境や社会での不適応など様々な要因で精神を病み、いろいろあって今では障害者手帳を持っている。
精神とは言うものの、体感としては脳みそが壊れてしまった感覚だ。脳みそというのは体の司令塔であるので、司令塔に異常をきたしては司令を受ける体にも色々と不具合や不自由が生じる。私はその不具合や不自由に対して、同年代の人たちより一足早く老いてしまっただけと受け取っている。

人間誰しも老いる、それが早いか遅いかの違いだ。私はコーナーで差をつけてしまった。老いも人それぞれで、耳が遠くなる人もいれば、目が見辛くなる人もいるし、手足が言うことを聞かなくなってくる人もいる。そうなった時でもボッチャやゴールボールなど障害者スポーツは楽しめるのではないかと思った。

そう考えると老いも若きも楽しめる障害者スポーツは可能性に満ちているなと感じる。東京パラリンピックの影響で各種障害者スポーツの普及が進んだのではなかろうか。地元にゴールボールのサークルができた時には、私はもしかしたら耳が遠くなっているかもしれないけれど、そうなったらボッチャなど他の障害者スポーツに挑戦してみよう。長く付き合えるのも障害者スポーツの魅力かもしれない。