未知の事柄をありのままに捉えるのが苦手だ。自分が今までに一度でも経験したことがある事柄は、おおよそ、度合いの検討をつけられる。例えば、その事柄が、ワクワクするものなのかどうか。ワクワクするものなら、そのレベルはどれくらいか。そのワクワクに挑むにあたり、特別な準備は必要かといった具合に。

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しかし、未経験の事柄となると、なかなかそうはいかない。例えば、とある展示会に行った時のこと。予め、ホームページで多少調べて、会場へ行きはするものの、自分の中で勝手に想像を膨らませていることがある。

ホームページには、丁寧にも展示会の様子を写した写真が掲載されていた。私は勝手に、その写真は展示会のごく一部を撮影したものに過ぎず、きっと沢山の作品が展示されているのだろうと解釈した。

そして、実際に行ってみると、ホームページに掲載されている写真のほぼ全てが展示会全体だった。つまり、ホームページの写真は会場の様子をものすごくリアルに伝えていたのである。それに対して、私が勝手に期待を膨らませていたのである。

正直、期待が大きく膨らみ過ぎて、会場に着いた時、規模のあまりの小ささに落胆してしまった。決して、展示会そのものを貶している訳ではない。むしろ、その作品の作者、あるいは、展示会の主催者にとっては、私の落胆など、到底知る由もない話である。作者や主催者は、あくまでありのままの形を表現、提供しているまでである。

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要するに、私が期待を大きく膨らませ過ぎたのだ。つまり、私の主観が、ありのままの実態から大きくズレていたのだ。きっと、自分の中で、展示会がこうあって欲しいと勝手にイメージを作り上げていたのだと思う。

また、それと同時に今まで様々な展示会に行った経験から、まさか、ホームページに掲載されている写真が展示会全体を写したものではないと思い、そんな小さな規模であるはずがないと見込んでいたのだろう。不甲斐ないことに、自分の経験が少し邪魔をしてしまった一面もあると分析する。

しかし、そうは言っても、いつもいつも期待ハズレで落胆する訳ではない。時には、ある事柄が予想以上のスケールやクオリティで、感銘を受けることもある。しかし、残念ながら、こちらは割合として少ない。満足感が予想以上だったり、予想以下だったり。私の主観はいつもありのままの事柄の姿から、ズレていることが多いが、それを幾分繰り返して行く中で、上手く自分の中でバランスを取りつつ、日々それなりに楽しみながら、やり過ごしているのだと思う。

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なかなか、ある事柄を常にありのままに捉えるのは、たとえ年齢を重ねたとしても、そう容易なことではないだろう。ある時は30度左に傾いていたり、ある時は、150度右に傾いていたり。むしろ、アンバランスなスタートが自然なことかもしれない。

当初はその状態でスタートしたとしても、最終的にありのままの姿を受け入れことができれば、その事柄に触れた甲斐があるだろうし、人として立派な行いだと思う。身の回りに溢れる、ありとあらゆる事柄は私たち人間を一回りにも二回りにも大きく成長してくれる味方だと信じて。私はこれからも色々な事柄に触れ、吸収していきたい。