春休み。毎年行く神社がある。お賽銭を入れた後の私の願い事は決まって「仲いい子と同じクラスになれますように」。クラスのメンツで1年間の充実度が変わる。それくらい私にとってはクラス替えは重要で、神頼みを必死にした。

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私の学校は中高一貫校。6年間途中からメンバーが増えることはなく、80人を2クラスに分けるだけで、仲のいい子と同じクラスになる確率は2分の1だった。その確率が狂い始めたのは高校2年から。

高校1年まではみんな同じような授業を受ける。ただ、2年になると大学受験を見据えて各自自分に必要な授業を取捨選択する。物理を受ける子もいれば日本史を受けない子もいる。そんな具合。当然時間割の組み方が複雑になるから私たちは文系クラスと理系クラスに分かれることとなった。

栄養学を大学で学びたい。そう思っていた私の志望校の受験科目は完全に理系だった。だからクラス分けの材料ともなる文理選択希望調査票には「理系」に丸をつけた。でもすごく迷った。怖かった。私の仲のいい子はみんな文系だったから。

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当時自分の将来を決めるほど重要に感じていた文理選択。同時に、思春期真っ只中の私にとっては目の前の修学旅行や体育祭、文化祭もとても大事だった。それらの行事は当然クラス単位で動くことになる。仲のいい子と同じクラスにならなければ修学旅行の部屋は分かれるし、文化祭の出し物も変わってくる。行事に限らず日々の生活の中でもひとりぼっちの移動教室やぼっち飯、グループワークの取り残され組になるのは目に見えた。

本当に怖かった。仲のいい子がクラスにいれば「いつメン」で乗り越えられていたことが急に難しくなる予感がした。本当に理系にしていいのかな。どうしよう。考えるのがしんどかった。

ここまで鮮明に思い出せるのは私が理系を選択して、見事に仲良しの子たちとクラスが離れたから。学校生活のエンジョイを捨てて進路を優先した結果だった。さらに散々だったのは志望校に見事に落ちたこと。滑り止めの大学は国語と英語で受験した。別に私は理系のクラスに行かなくてもよかったじゃん。文系の科目で受験するならみんなと同じクラスに行けばよかったじゃん。そう思った。

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大学を卒業し、就職をする歳になった。私は地元から離れて仕事をしているが長期休暇には帰省をする。その時に必ず会う友人が2人いる。田舎の地元にはおしゃれなカフェなんてないからチェーン店のコーヒー屋さんに入ってただただ近況報告をする。美味しいものがなくても集まろうと誘い合えるのはお互いに「どこでもいいから会いたい話したい」の気持ちが大きいからだろう。

大人になるにつれて連絡を取り合う同級生は自然と減る。やっぱり気の合う子たちとしかわざわざ時間を作って会う気にならないんだと思う。友人2人は文系だった。つまりクラスは2年生の時からバラバラで、高校生の一大イベントを別々に参加したし、部活も違った。共通の思い出話は少ないはずの私と「懐かしいね」と話に花を咲かせてくれる彼女たちがいることは本当にありがたくて幸せだ。

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こんな未来が見えていたら私は安心して理系を選んでいたかもしれない。文系理系の選択はほんの些細なことだったのかもしれない。でも理系を悩んで苦しんで選んだから後悔したくなくて勉強に必死に向き合うことができたし、志望校には落ちたけどさらにその悔しさで大学では誰よりも学んで誰よりも課外活動に参加して無事卒業できた。

高校2年生の自分の決断は間違ってなかった。たとえ間違っていても先の自分がなんとかしてくれているよ。そう伝えてあげたくなった。そんなことを思うのは10年後。27歳のお話。