「赤リップって、男ウケ悪いらしいよ」

大学2年次だっただろうか。キャンパス近くの友人宅で開かれる「メイク研究会」なる集まりに参加した。立派なのは名前だけで、集まった女5人が各自の最新メイク道具を持ち寄り、評価しあう他愛もない会である。

「赤はいかにもって感じでNGなんだって。やっぱり馴染むピンクが一番だね」

男たちから選ばれること。当時はそれが、狭いワンルームに集まる女子大生にとって至上の命題であった。しかし、そこで共有されるのは、決して男ウケの知恵だけではない。

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「男って、本当にバカだよね」

男に対する、真逆のベクトルからの辛辣な意見。「サークルの男子が『女子はすっぴんが最強』って力説してた」と誰かが語れば、「すっぴんに見えるように、私たちは最大限の努力をしてるの」と別の誰かが笑って言う。
メイク研究会は毎度そんな塩梅だった。男をこき下ろしながら、それでいて、そんな男たちに選ばれる自分を目指すという、なんとも矛盾をはらんだ会なのだ。

「このチーク可愛くない?」
「もっと濡れたようなツヤ肌が欲しいな」
「このシャドウ、涙袋の偽造にピッタリだよ!」

一事が万事、この調子である。部屋に漂うダブルスタンダードなんてどこ吹く風で、「あとは盛れるピンクのリップ一択!」なんて言いながら、可愛くてあざとい自分へと武装する日々だった。

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そんな私たちであるが、次第に「メイク研究会」は姿を消していく。学年が上がり、みんな就活で忙しくなったせいだろう。
あるいは、男ありきの人生に嫌気がさす瞬間を、それぞれが体感した結果かもしれない。男から不本意な扱いを受けたり、捨てられたりする、そんな体験の数々は、異性に人生の意味を求める虚しさを私たちに教えていった。

「こんなに可愛くしてる」のに、刹那的に消費される私の存在って何?気づけばそんな問いが、私の胸にも去来するようになった。

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あれから10年以上が経つ。三十路を過ぎた私のメイクポーチには、今でもピンクのリップが入っている。
しかし、昔のように淡め、強め…とピンクばかりが何本も入っているわけではない。オレンジに近いコーラル色もあれば、深みのあるローズも、そして発色のよい赤リップだってある。

もはや選ぶリップの基準は、男ウケではないのだ。きれいになりたい、可愛くなりたい、その目的だって、ひとつではない。服に合う色、食事するから落ちにくい色、お会いする相手に敬意を払える色…そんなものを鑑みながら、自分が心地よくあるためにリップの色を選んでいる。

今考えると、ピンクリップ信者だった大学生の頃は「男たちから女として見られてこそ価値がある」と、自分に暗示をかけ過ぎていたのかもしれない。もちろん、異性に恋い焦がれ、夢うつつな時期がある人生は楽しい。その考えは既婚者になった今だって同じだ。でも、女として見られてこそ価値があるなんて、今は微塵も思っていない。

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たとえ男たちから選ばれなくても、私には価値がある。

今の私ならこう断言できる。10代、20代と少なからず痛い思いをし、酸いも甘いも嚙み分けてきた。ちゃんと自分に価値を感じられるからこそ、男たちを蔑むようなこともなくなった。
手持ちのリップは、今やグラデーション。私は今日も、その中から1本を選ぶ。そして、鏡の中の自分に微笑みながら、自信を持って唇に色をのせるのだ。