米を研ぐ。たしか、冷凍庫にはもうストックのご飯が一つも無いはずだなあと思いながら。
少しぐらいご飯が硬くても、柔らかくてもいい。どうせ自分しか食べないし。
私はあまり神経質にならずに素早く水を入れる。
そして手早く炊飯スイッチを、押した。
◎ ◎
私は、米は多めに炊いて小分けして冷凍するタイプだ。
一人暮らしを始めた約10年前から、続けている。米の研ぎ方も昔と変わらない。
米のまとめ炊きからも感じられると思うが、一人暮らしに慣れてしまった私の生活はすっかり効率重視になってしまった。
常に何か同時進行できるものはないか、効率を考えて行動していた。
洗濯を回しながら、掃除機をかける。ご飯を食べながら、SNSをチェックする。
日々の行動一つひとつに意識を向けずに流れ作業。
自分しか住んでいないし。自分しか食べないし。自分しか知らないし。
丁寧に家事をする必要なんて無かったのだ。
◎ ◎
そんな私も、去年結婚した。1人で住んでいた生活が一変。誰かと生活を共にするようになった。
するとどうだろう。今まで一人の空間だった家が、夫と共有する空間になったのだ。
もう、私だけのものじゃないんだと思うと、考え方が変わった。
今まで家族以外の他人と生活することがなかった私。2人で生活をするようになって、互いの価値観の違いに驚くこともしばしば。
反対に、ここは同じ考えなんだと気づくことがある。その一つが米のまとめ炊きをすることだった。
2人の共通の暮らしのルールはそのままに。ちがうところは、話し合って新しいルールを決める。その作業が楽しいときもあれば、面倒だと感じるときもある。
夫婦になってまだ1年。これからどんどん2人のルールが増えていくのだろうか。
ちゃんと2人で話し合って決めていけるのか不安に感じるときもあるが、そのときは私も今より少し大人になっているから大丈夫だろうと思うことにする。
◎ ◎
ふと、夫婦になって自分が変わったところについて考えてみた。
1番に思いついたのは、他人を思いやって日々過ごすようになったということだった。
今まで自分のためだけにしていた料理も、掃除も、洗濯も、なんだか丁寧にするようになったと感じる。
特に料理は、夫のことを考えながらするようになった。
少ししょっぱいかな?あ、砂糖入れすぎたかも。この間あのメニュー食べたいって言っていたっけ。明日作ってみようかな。
誰かを思いながら作る料理は、自然と気合が入る。
一つひとつの工程を丁寧に行う。
味付けや盛り付けも、自然と夫の好みに寄せてしまう。
ご飯の硬さだって、柔らかくなりすぎないように固めに炊くようになったのだ。
独身時代のわたしのままだったら、きっとこんな経験はしていない。
周りの人が気づかない、新しい私。私だけが気づいた、ちょっとだけ新しい私。
そんなささいな変化に気づけたことに頬がゆるむ。
自分も変わったなあなんて思いながら、今日も夕飯の支度をする。
◎ ◎
米を研ぐ。たしか冷凍庫にはもうストックのご飯が1つしか無いはずだなあと思いながら。
まとめ炊きをする習慣は今も変わらない。けれど、ご飯の水のラインは、すこし少な目になるよう慎重に入れるようになった。
硬めのご飯の方が好きな夫に、「美味しい」と思ってもらえるように。
私は少し神経質になって丁寧に水を入れる。
そしてゆっくりと炊飯スイッチを、押した。