私は理系だった。

高校生の時、勉強ができる子は理系、できない子は文系と選択していた。そういう風潮だったのだ。例外は明確な進路目標がある人だけだった。得意不得意にかかわらず、看護師になりたいなどの理由で理系を選び、格闘している子もいた。

私はしがない小規模私立高校で学年1位の成績保持者だったので、理系に進んだわけだった。高校3年間で体調不良時に一度破られただけでずっと1位だった。

しかし私は物理が苦手で、数学III・Cはほとんど理解ができなかった。飛べない豚はただの豚ならば、数学のできない理系はなんなのだろうか。もはや理系ではないのではなかろうか。

私の志望校は地元の国立大学の理系学部だったが、そんな私が受かるわけもない。ちょうど私の学年はカリキュラムの切り替わりの狭間だった。そのため浪人は難しく、滑り止めの私立大学の文系学部に進学し、私の理系人生に終止符を打った。

◎          ◎

当時、小保方さんの影響などでリケジョブームがあり、女性が理系に進むことは良いことという風潮が世間全体としてあった。

確かに幼少期にそろばんをやっていただけあって数学はⅢ・Cを除いてかなりよくできた。計算も暗記もできたので生物も化学もそれなりにできた。言い訳だが、物理は先生に恵まれなかった。文系科目もそれなりにできていた。

でも小規模私立校の学年1位など高が知れている。私はTHE井の中の蛙というわけだった。先ほどから「それなりに」という表現をしているだけあって、井の中の蛙であることは自分ではわかっていたのだが、先生たちは私に賭けるしかなかった。卒業後の進路は高校のブランド力に関わってくるからだ。

そうやって当時のことを振り返ると、全ての選択において自分の意思がなかったと感じる。

私はテレビや本で生き物の情報に触れるのが好きだった。媒体を変え、今でもそれは変わりないのだが、当時も今も実物には興味がない。

興味がないと言うと語弊があるかもしれない。命に対する責任の重さに対して、ちょっと向き合いきれないという感覚が大きい。それは生き物をそれなりに知っているが故の尊重なのかもしれない。そして私は感覚過敏がある。そのため臭いや鳴き声に抵抗がある。生き物が関わる研究などは向いていないだろう。そして私は異様に不器用だ。高校などの実験の授業はてんやわんやであった。

こうやって考えているとそのまま理系に進んだら大惨事だったのではなかろうかとも思う。それならむしろ最初から文系を選んでいれば、選択肢がもっと広がったのではなかろうかとも思う。

◎          ◎

勉強で踏ん張りきれなかったのは何より、進学したその先がどうなっているかわからない、何につながるかわからなかった部分が大きい。

理系に進んだら理科系科目の先生になるというイメージしかなかった。そして私は自分のような生徒がいたら嫌だという理由で先生には絶対なりたくなかった。

理系イコール学校の先生という認識で私の見聞がどのくらい狭かったのかがわかると思うが、私はネットに触れるのが世代の割には遅かった。アナログな家庭だったので情報が圧倒的に少なかった。少ない情報と少ない経験で私は風潮に流され理系を選んでしまった。

もし文系を選んでいたらもっといい大学に行けたのではないだろうか。または理系に進んだらどのような仕事などに繫がっていくのかをもっと知っていたら、選択肢に幅ができたのではないかなどと後悔してしまう。

良い大学に行ったからどうなんだという世の中ではあるのだが、人間、選ばなかった、選べなかった選択肢への憧れや渇望、後悔は大きい。

◎          ◎

進路選択時に経験が少ないのは年齢的に仕方がないことだ。情報は今や取捨選択が難しいほど溢れているから足りないなんてことはないだろう。

やっかいでどうにかしなきゃいけないのは、女の子だから理系が良い、ダメとか、頭がいいから理系が良い、国公立大学が良いなどという決めつけや風潮なのだろうなと思う。