「女の子と付き合っとるんやね」
その時の私の頷きは自信に満ち溢れていた。だからこそそう聞いてきた同期は、女の子を好きになったことがあるという自らの過去を私に打ち明けたのだろう。
◎ ◎
大学4年の春、様々な葛藤を乗り越え、どうしても異性を好きになることができない、と確信を持ち、セクシュアリティに正直に生きるようになってから私の人生はとても豊かになった。
私の女性に対する愛情と女性が私に向ける愛情は、私の生を色んな色で照らしてくれた。
だから、私は自らが同性愛者である事に誇りを持っている。
だがマイノリティだと自覚した当初は孤独で息が苦しくなり、慌てて私はかの新宿二丁目へレズビアンの仲間をたくさん作りに行ったものだ。その為、私が完全なるレズビアンで今歳上の彼女がいることは、マイノリティ当事者ながらもそれなりの数の人が知っていた。
しかし会社の同期にカミングアウトをした事はなかった。異性愛者、いわゆるノンケにカミングアウトをするのは怖い。人は知らないものに対して怒りや恐怖を抱くものだ。私が異性愛者を恐れているように、向こうも同性愛者に対し渦巻く何かを抱いているかもしれないのだ。
◎ ◎
「彼氏いるの?」
「恋人がいます」
同期が集まる会社の研修のお昼休み。賑やかな食堂の中の一卓で何気なくそう答えた、特にすごく意識をして言った訳ではない。ふと口からポロッとこぼれおちたような感じ。
今までは、彼氏いるの?と聞かれたら黙って頷いていた。でも今私が付き合っている相手は
彼氏だと誤魔化したくないほど、どんな時でも嘘をつきたくないほど、清らかで優しい相手だった。
私は彼女の為に誤魔化したくなかったのだなと、口に出してからそう思っていると、「えー意外!!」と周囲が驚く。見た目が女らしくないからこういう反応には慣れっこだ。
「でも、私はあなたに彼氏がいる方がびっくり!どこで出会ったの?」と私が比較的大きな声で聞くと、隣に座る控えめな同期が恥ずかしげにささやかで初々しい彼との馴れ初めを話し始める。すると、同期達の意識がいっせいに彼女に向く。私もそれを聞きながら安堵で胸を撫で下ろした。
女の子は自分の事を聞かれることが好きだと私は思う。私はいつもこうして自分自身を透明なヴェールで覆っている。みんなの事は知っている。でも誰も私の事は知らない。時に話したい気持ちもあるが、ひたすらに聞く側にまわる。これでいい、このままで。マイノリティとしてこれ以上望むことは出来ない。
しかしただ1人、目の前に座った同期が澄んだ目で私を見ていた。
◎ ◎
「女の子と付き合っとるんやね」
研修会場へ向けて歩いている時、先程の同期の目がまた私を見て、言った。反射で一瞬固まったが、その後、私は自信を持って頷いた。なんの間違いもない事実だったから。
「すごいなあ、どうやって付き合ったん?」
「どうやって……普通に」
普通という言葉は嫌いだったが、こういう時はとても便利だ。
「そうよね、実は私も女の人を好きになったことがあってさ」
ポツポツと自信なさげに呟かれた言葉は、私が過去に通った道と似た形をしていた。
「自分が本当に一緒にいたいと思う人を選べばいいだけだよ」
私はレズビアンだが、本質はただひたすらにこれだけ。自分が望むままにそのままに在ること。これこそが全ての愛情の根底だと思う。
「そうよな……デートとかするの? どこに行くの?」
恐る恐る口を開いた同期の言葉に私は笑った。こういう質問はよくある。聞かれる度に私はどんな珍獣だと思われているんだろうと心の中でなんとも言えない気持ちになる。
むしろどんなデートをしていると思ってるの? と聞きたくなる気持ちを抑え、
「それも普通だよ、買い物行ったりドライブしたり」
「そうか、ええなあ」
「時にはお泊まりしたり」
と言いたかったが、昼から女同士って……と聞かれる可能性がありそうな話をするほどの勇気はまだ私にはなかった。
研修会場につき、隣に座るその子に本当に「普通」なんだよと最後にそう告げて、研修が始まった。私の肩の位置はいつもより下にあり、胸が開いていた。
ふと、研修が終わったらあの話をこの子にしたいな。私は同期の横顔をちらりと見てそう思った。
いつもより吸う息が心地よく、つま先も自然と前に向いている。3ミリ新しい私がそこにいた。