ヘアアイロンを200度に設定し、1時間弱、鏡と向かい合う朝。
毎日毎日、自分の気に入らない髪の毛のうねりを、一束一束丁寧にまっすぐに伸ばしていくのが私の日課だった。

私の髪の毛は超くせっ毛、よく言えば天然パーマ。毛量も多く、何もしないと収拾がつかないほど広がるごわごわの髪で、小さい頃はいつもお団子ヘアー。小学4年生の頃からこの髪の毛が嫌で、朝から母親にヘアアイロンでまっすぐにしてもらっていた。

小学5年生の宿泊学習でヘアアイロンを持っていけないことがわかると、美容院で縮毛矯正をかけ始めた。それから2か月に1回は縮毛矯正をかけ続け、それでも矯正のせいで髪が不自然にぴんとまっすぐに見えてしまうことや、生え際にうねりが出てきてしまうことが嫌で、毎日のヘアアイロンは欠かさなかった。
雨の日の湿気、スポーツや夏の汗は私にとって大敵で、それに対抗すべくコードレスのヘアアイロンも買った。

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私が髪に対してつぎ込んだ努力・労力・お金は並大抵のものではなかったと思う。
それだけ髪の毛を“完璧”に保つことは、私にとって必要なことだった。冗談のように「前髪の乱れは心の乱れ」と笑っていた頃があったが、結構それは本気だった。

私がそこまで必死だったのは、自分のくせっ毛がコンプレックスだったから。
世間の「かわいい」は、こんなくせっ毛を受け入れるはずがない、そう思っていた。
さらさらのストレートヘアーがかわいい。かわいい子はいつでも前髪がキマっている。
アイドル、女優、何かの主人公に、ごわごわの天パキャラを見たことがあっただろうか。
髪の生え際が2センチくらい伸びてきて、ちりちりの毛が見えてきたとき、鏡の前でこの髪の毛を憎んだ。なんで私はこんな毛をもって生まれてきたんだろう。

雨が降る日に友達と出かけると、楽しむことなんか考えられず私は全力で髪の毛を守った。
好きな人と出かける日は、「かわいいね」と言われたくて、うまく決まらない前髪に何度もアイロンをあてた。

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それなのに、まだ完璧にはなれなかった。
「雨に濡れると、前髪そんな感じになるんだ!なんかまっすぐの方が似合うね!」
「毛先、めっちゃ傷んでるよ!ちゃんとケアしなよ」
ちゃんと出かける前にアイロンで前髪を整えてきたはずだった。ヘアアイロンと縮毛矯正で傷みまくった髪の毛を、高価なトリートメントでケアもしていた。
それでもまだダメなんだ。この髪の毛じゃかわいくなれないんだ。

そんな私を変えてくれたのは、当時付き合っていた人からの言葉だった。
少しだけ前髪辺りの生え際から伸びた、くるんとした私の髪の毛を見てその人は言った。
「こんなかわいい毛が生えるんだ。なんかくるってしてて愛くるしいね」
私のもともとのくせっ毛をかわいいなんて思ってくれる人がいるんだ。

その時、縮毛矯正をし始めてから10年以上は経っていて、自分の髪の毛がこのまま伸びたらどんなものなのか、見たこともなく想像もできなかった。
少し私のありのままの髪の毛を見てみたくなった。

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その日から、くせっ毛のヘアアレンジや天パの扱い方をたくさん調べていたら、ある海外の人の動画を見つけた。きれいに光るクルクルのカーリーヘアーにくぎ付けになった。
でも、もともとのその人の髪の毛はごわごわ、私の子供のころと同じような毛だった。
私の髪の毛も、こんな風になれるってことだよね……!
その時、縮毛矯正もヘアアイロンもやめよう、そう決意した。

縮毛矯正をかけた部分をすべて切り落とせるほどの長さになるまで、1年以上かかった。
美容院で、やっと縮毛矯正部分を切り落とし、私のありのままの髪の毛をセットしてもらったとき、鏡には見違えた私が映っていた。まさにあの人のようなカーリーヘアーだった。
こんなに素敵な髪の毛をもって生まれてよかった!

それから毎日、鏡を見るのが楽しくなった。自分の髪の毛を毎日触ったり、セットしたりしていると、自分の髪の毛のことがよくわかるようになってきた。部分によってくせの強さが違うこと、カールの方向が違うこと、自分の本来の髪の毛を知るたびに、この髪の毛が愛おしくなった。
私の一部と、毎日会話しているような感覚。その“私の一部”への愛着が増すことで、私自身のこともどんどん好きになれた。

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縮毛矯正をやめて4年。
最近では、新しいカラーをいれてみたり、自分の髪を自分で切るようになったり、このカーリーヘアーを楽しんでいる。
もちろん雨に濡れれば髪は広がるし、セットがうまくいかないこともある。
日によってカールの方向が違ったり、寝癖がまったく直らなかったりもするけれど、「もういいや」と諦めて外に出かける。きっと今日の私の髪の毛は機嫌が悪いだけ。もう鏡に映る自分と格闘しながら、この髪を憎んだりしない。
そんな私の髪が愛おしくて大好きだから。