7月26日金曜日、発熱。
引っ越したばかりの家のエアコンの効きが悪くて、熱中症になった。10:30の時点で室温は30度。意識を失ったら、誰にも発見されない恐怖が脳裏をよぎる。
このままここにいても療養できない。解熱剤を飲んで、汗だくになりながら家を空ける準備をする。コロナの簡易検査をして、知人の家に転がり込むことにする。
バスと電車とバスを乗り継いでようやく手に入れたオアシス。よかった、生きてる。
年に1度盛大に熱を出してきたので、対処法は分かっているつもりだ。悪寒がしたらこれでもかというほど布団をかぶる、体温が上がりきったら解熱剤、次の悪寒までに食事と睡眠。
昼夜問わずこの繰り返し。
心に余裕があったのは、対処法を分かっていたからだけではない。この生活が続くなら、リアタイは諦めていたオリンピック開会式が見られるかもしれない。
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深夜2時。見事、開会式の少し前に目が覚めた。昼間の睡眠が効いたのか、熱はそこまで上がっていない。
SNSでは、華金ついでに夜ふかししていた人たちが、そろそろ限界と言わんばかりに睡魔と戦っている。こんな時間とは思えないほど、タイムラインが次々更新されていく。
4年に1度のお祭りだ。スポーツに興味がなくたって、開催国のプロフェッショナルが、世界に何をみせるのか気になってしまう。二度寝に備えて電気はつけず、布団にもぐりスマホを見つめる。
開会式が華やかに幕を開け、選手入場が始まった。セーヌ川を下る船から、轟音で響いているであろう音楽に合わせてこちらに手を振っている。
肌の色も、体格も、性別も、国旗と合わせたユニフォームはもちろん、お祭り騒ぎを前にした音楽へのノリ方も違う人たち。雄叫びを上げる国があれば、ただじっくりとパリの街並みを眺めている選手団もある。フランスの文化遺産や歴史を辿る構成の合間に、204もの国と地域からやってきた選手団がセーヌ川を流れていく。
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選手たちを称えるような誇らしげな音楽を背景に、アナウンサーが各国の情報に触れた。
ギリシャのあと、2番目に入場したチームは、難民で結成されたチームだということ。また別の国は、女性の大会参加が長い間叶わず、つい最近から参加が許されたこと。「温暖化で沈む国」として、社会科の授業で何度も耳にした国の名前。
そして、今この瞬間にも、暮らしが危険にさらされている出場国。
小さな画面の向こうには、人がいた。こちらに手を振るまっすぐな瞳。晴れやかな笑顔。演出に開いた口。選手同士言葉を交わす、穏やかな横顔。
1人ひとりの顔を、じっくり見ていた。資料集で目にしたあの国には、こんな人が住んでいたのか。ニュースの見出しで名を聞く国には、この人たちの生活がある。ストリートビューで現地に引っ張っていかれたみたいに、「その国で生活をする人たち」から目が離せない。
一度カメラ越しに目を合わせると、どうかこの人の生活が安全なものであるように、幸せを感じられる毎日であるようにと願わずにはいられなかった。