タイに留学をしたのは、高校3年生の春だった。
これから本格的に受験勉強に専念するというタイミングでの、約1年間の留学。
留学をしようと思ったきっかけは、英語を勉強したいとか、世界を見てみたいとか、将来日本と世界の架け橋になりたいとか、そんなかっこいい理由ではなかった。
ただ単に、現実世界から逃げたかった。自分を知っている人がいない場所に行きたかった。周りにいる同級生たちと違う自分であることを見せつけたかった。そんな不純な理由だった。

中学生の頃に思い描いていた高校生活とは程遠く、友人や先生との人間関係の悩み、孤独感が募る日々。楽しいこともあったが、様々な負の感情を抱えている時間の方が多かったと思う。
通っていた高校は、地元では自称進学校で、進学先の大半が地元の国立大学。何か将来の夢がある訳でもなく、敷かれたレールの上を何となく、なぞっていた。

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高校2年生になり、大学や進路について真剣に考え始めた時に、比較的得意だった英語に力を入れようと、昔通っていた英語教室に再び通い始めた。

英語教室に通い始めて少し経ったある日、

「今度こんなイベントがあるんだけど、参加してみない?」

そういって先生から手渡されたのは、夏休みに伊豆大島であるという留学団体の宿泊イベントの案内だった。内容は、留学に興味がある人、これから留学に行く人、留学から帰ってきた人、日本に留学している外国人が集まって交流するというもの。
新しい世界に、視界が開けた気がした。人見知りだし、知っている人なんて居ないし。
でも、どこか心踊って、ワクワクした。

そのイベントへの参加がきっかけで、留学に行きたいと強く思うようになり、それからは、短い応募・選考スケジュールでトントン拍子に話が進んだ。

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そして、留学先に決まったのが、第5希望に出していたタイだった。
ゆっくりと準備する暇もなく、あっという間に留学の日を迎えた。
言葉が伝わらないもどかしさ、緊張、寂しさはあったが、ホストファミリーに温かく迎えられた。段々と生活リズムや食生活にも慣れてくると、来るべくして来た場所だとさえ思った。一から新しい生活を積み上げる楽しさがあった。

不思議だが、タイへの留学は、単に海外へ行った経験というだけでなく、私にとっては、現実世界に繋ぎ止めてくれた経験だったように思う。
地に足をつけて、自分で人生を踏みしめて歩む実感を得られた。環境に慣れてくると、それはストレスフリーで、食べすぎて体重は増えたが、あんなに日本で荒れていた肌の調子が良くなった。

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タイでの生活は、当然初めてのことばかり。生活していて1番感じたことは、寛容ということ。勿論善人ばかりではないが、それはどこにいても同じだろう。
ただ、全体の空気感として、良くも悪くも適当というか、ラフというか。セカセカと生き急いでおらず、穏やかで、寛容だった。

時間にはルーズだし、お店では接客しながら携帯を見たり、食事をしていたり。家での食事は、自炊というより近くの市場や屋台で朝から夜まで済ませることも多い。
日本だと怒られてしまいそうな状況が多いが、その緩さが心地良かった。
このくらいで良いのかなと。
日本人は(と言うより私は)、人の目を気にして、真面目に完璧にを求めすぎて、生き急いでいるのかな。そんなことを考えた。

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人並みな感想になってしまうが、留学して本当に良かったと思う。
日本から飛び出して、自分がその国の外国人であると認識して生活をした。大変さも難しさも楽しさも経験した。たったひとつの国、タイで1年間生活しただけだけれど、世界を見たことは、私にとっては日本での生活や価値観を見つめ直すことでもあった。

私と世界のほんの一部、タイとのつながり。それは、逃げ出したかった私の現実世界(日本での生活)と私を、改めてつなげてくれたもの。