中学3年生。初めて好きになった人は、可愛いを簡単に言う人だった。

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おそらく両片想いで、ある意味一番楽しい胸の高鳴りを感じていた時期、彼は私が何を言っても、何をしても可愛いと言った。
例えば、お弁当に入っていたハート型の小さなゼリーの真ん中にフォークを入れたとき。親友は残酷だと笑ったけど、彼は一口じゃないんだとは笑ったけど、それすらも可愛いと言ってのけた。
例えば、体育の後、崩れた髪を直そうとゴムを解いた時。いつもと違って可愛いと言って、ぼさぼさの私の髪を撫でた。
例えば、教科書を忘れたかもと焦っていた時。驚くほど呑気に珍しいねと頬杖をつきながら、まるで小動物でも見るみたいに可愛いと呟いた。

女子の友達も多く、仲の良い妹もいる人だったから、その時の私は可愛いと言われる度に、どうせ誰にでも言ってるんでしょと半ば本当に、そして半ば浮かれそうになる自分を諌めるように、心の中で言っていた。

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それから一度付き合うことになったものの、色々あったり、なさすぎたりして、高校1年生の時にお別れをした。それでも、同じ校舎にいる間は見かけることも多かったし、彼の呑気だけど異様に上手い口笛もよく聴こえていた。ただ、日に何度も聞いていた可愛いと言う彼の声だけが全く聞けなくなった。

それから高校を卒業して、私達はあっという間に20歳になった。同窓会で約2年ぶりに彼に会った。

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久しぶりに会った彼は以前と全然変わらなくて、それが嬉しいような切ないようななんとも言えない気持ちになった。当たり前だけれど、やっぱり可愛いとは言われない。それなりに私も垢抜けたと思うんだけどなあ。きれいになった私より、あのときの私の方が可愛かったのかな、恋愛フィルターかな。そんなことをとりとめもなく考えていた。すると、彼が私に話しかけてきた。

最近どう?というありきたりな話をした。今でも会ってるの?と高校の時からの私の親友の名前を出すから、たまにしか会えないけど、会ったら空いてるフードコートとかで一生お喋りしてる)、と答えた。
彼は笑って、「可愛い遊び方してるね」と言った。別れて以来初めて聞いた可愛いだった。
わかってる。あの時の可愛いとは意味が違うことくらい。でも、そんなこと関係なく嬉しく思ってしまう私もいた。

そして、ふと気がついた。本当に、別れて以来、私は彼の可愛いを聞いたことがない。私が知らないところでも色々な人とは喋っていると思うけれど、少なくとも、彼は誰にでも可愛いを言っているわけじゃなかった。

そういえば一度、私に可愛いと言う彼に意地悪と謙遜とで言いかえしたことがあった。

「他の人にも言ってるんでしょ?」

彼は嘘か本当か、迷わず言った。

「なつめちゃんだから言ってるんだよ」

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今更あの言葉の真意は聞けない。けれど、振られるのが怖くて、彼の私への好意らしきもの全てをそんなわけないと否定していた頃とは違う。今なら思う。本当に彼は私を可愛いと思ったから可愛いと言ってくれていたのかもしれないと。

そのことにもっと早く気づいていれば、気づいたことをもっと信じる勇気が持てていたなら、彼が今の私を”可愛い“と言うこともあったのかなと御伽話のようなことを少しだけ思ったりした。