私は昔から寝ることが苦手だった。特に小学校に上がる前、親や保育園の先生が絶対にお昼寝をさせようとしてくるのが本当に嫌だった。

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周りの大人からすれば、かなり迷惑な子供だったと思う。
保育園のお昼寝の時、周りの子たちはすやすやと眠っているのに私だけ寝ることが出来ず、暇を持て余したことがあった。教室の床に子供たちの布団がそれぞれ並べられていて、私の布団は一番壁際のすみっこ。枕元にはお遊戯で使うピアノや太鼓といった楽器が固めて置かれていた。眠ることが出来ない私は布団から手を伸ばし、指でその楽器たちの表面を触ってみた。普段あまり触れることのない楽器を独り占めしている状況が嬉しかったと今でも覚えている。

だが、保育士はカリカリ、サリサリ、と子供が悪さをしているのを見逃さない。「静かに!」とぴしゃりと叱られて、結局まんじりともせず、“お昼寝しないで悪戯をしていた”というレッテルだけを頂いて、ただただおやつの時間を待つことしか出来なかった。

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それからずっと、寝るくらいならもっと他に良いことをしよう、と考えて生きてきた。

寝るくらいならもっと遊びを、勉強を、部活の練習を、レポートを、仕事の準備を、起きているからこそ出来ることをした方が良いだろうと思っていた。

その考えが破綻したのは5年前。

大学を卒業して、私は地元の企業に就職した。とても良い会社だった。だが、環境が合わなかったのだろう。毎日毎日、とてつもなく疲れた。でも働いて疲れるのは当然だろうと働き続けていたら、今まで感じたことのない強烈な眠気が就業中に襲ってくるようになった。

通勤や仕事では車を使う。さすがにこれは危ないと思い病院に行った。そうしたら、一言「寝なさい」と先生に言われた。必要なら環境を変えたって良い、とにかく今は寝て休みなさい。ちょっと寝るくらい何にも悪いことじゃないんだから、と。

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あぁ、私は寝ること悪いことと考えていたのかと、その時はじめて気がついた。
何もしていないより、している方が良い。休むより、動く方が良い。何も出来ないより、出来る方が良い。寝ている間は何もすることが出来ずただ休んでいるだけだから、寝るのは悪いこと。20年以上、私はそんな思い込みをしていたのだ。

そんな訳はないと大人になった今なら分かる。
自分の中にあったあまりに幼い思い込みに気づき、なんだか余計な力が全部抜けた気がした。

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だから先生に言われた通り、とにかく一度ゆっくり寝てみようと思った。

会社に休暇を申請し、まだ明るいうちから布団に入る。瞼を閉じて感じるカーテン越しのキラキラとした日の光が心地いい。やがて頭がぼぉっとしてきて、お腹から胸、腰、手足と体の輪郭がだんだんぼやけて、ふにゃふにゃと自分が融けていくような感じがする。毛布の柔らかい匂いと感触に包まれてとても気持ちが良い。なんだか幸せだなぁ…そんなことを感じながら眠りに落ちた。

それから、毎日8時間は寝るようになった。

寝るのは良いことだと分かったとたん、家でも出先でも乗り物の中でもどこでも寝られるようになった。寝るときに世界と自分がふにゃりと溶け合うような感覚が好きだ。クセになる。

そして寝られるようになると、今度は心身ともにとても調子が良くなった。身体も思考もすごく軽い。そうすれば行動力も出てくる。心機一転、地元を離れて都会に引っ越し、今は以前からやってみたかった仕事に挑戦している。大変だけれど、毎日が楽しい。睡眠からとてつもない恩恵を受けている日々だ。

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もし出来るなら、子供の頃の自分に伝えてあげたい。

寝るのは悪いことじゃない。

私は、私が思っている以上に寝ることが上手だし好きだよ。