私は、小学生時代に父と過ごしたあの日のことを忘れない。
小学校高学年の時、授業が終わり、いつも通り学校を出た時、なぜか父が迎えに来てくれていた。私は、なぜ父が迎えに来てくれたのか不思議でならなかった。なぜなら、いつもなら父が働いている時間だからだ。
まさか母の身に何かあったのか。不安げに父に訳を聞くと、どうやら、母が今日からママ友と名古屋へ旅行に出かけたらしく、明日まで帰って来ないとのことだった。
◎ ◎
私はそれを聞いて、少し安堵したが、なんだか納得したようなしていないような複雑な気持ちだった。私の中で、母はマメな人だと認識していた。なので、ママ友と旅行に行くことを予め私に告げていなかったことが疑問に思われた。もちろん、当日の朝もそのような話は一切聞いていない。
それが私の心の奥底で引っ掛かり、おやつのゼリーがあまり美味しく感じられなかった。
夕飯は父と二人で家の近くのうどん店にうどんを食べに行った。うどんや天ぷらをお盆に乗せ、父が会計を済ませた後、席につく。私と父は黙々と食べていた。
父と仲が悪い訳ではないが、特に話すネタもなかった。そうこうしているうちに私達は食べ終わり、特に席でゆっくりすることもなく、わりと早い段階で店を出た。
そうして、あっという間にその日が過ぎていった。
◎ ◎
翌朝起きるともちろん、母はいない。私は起きて母がいないことを思い出す。私にとって朝起きて母がいないという体験は初めてだった。
私は、その日の何時に母が帰ってくるのか知らなかった。しかし、まだお昼にもなっていない頃、突然母が帰ってきた。私は驚いた。あまりにも母の帰宅が早すぎる。母に訳を聞くと、どうやらママ友の娘さんが熱を出したらしく、旅行を早く切り上げたそうだ。それを聞いてなるほどと思った。
その会話の後、お土産のペンをもらった。ご当地限定のハローキティのペンでしゃちほこのキーホルダーが付いていた。いかにも名古屋って感じだ。とても可愛らしく、お気に入りだった。
父と二人で過ごすのは決して苦痛ではなかったが、母がいないことに対し、小学生ながらにどこか寂しい気持ちがあった。だから、無事に母が帰って来て安心だった。
しかし、その時、本当はこの裏に別の出来事が隠されていることを私は知るはずもない。
◎ ◎
先日、どういう流れだったか記憶にないが、なぜかこの話を母とする機会があった。
私は、「あの時、急に何も言わずに旅行に行くから、びっくりしたわ」と母に言った。すると、母は、「ああ、あれ、あの時は言ってなかったけど、違うねん」と言った。
私は一瞬固まった。母の話によると、母はあの日の晩、旅行で名古屋に行っていた訳ではなく、病院にいた。検査のため、入院していたと言う。私は驚いた。まさかあの出来事の裏でそんなことがあったとは思いもしていなかったからだ。
どうやら、私に心配をかけたくなかったので、本当のことを言わなかったそうだ。私はそれを聞いて、そうだったのかと理解したと同時に一つ疑問が生じた。じゃあ、あのお土産のペンは何だったのか。母いわく、どうやら父に購入を頼んだそうだ。
そうかあれは父が買ってきてくれたのか。でも、いつの間に。
◎ ◎
この一連の話を聞いた時、ふいに涙が出た。当時、母が突然旅行に出かけ、たった一晩でさえ寂しさを覚えた私を心配させないために、両親が気を遣ってくれていた。その両親の優しさを知った時、胸が熱くなった。
もちろん、母の検査に問題はなかったので、私は知らないままで終わっていたはずだが、改めて真意を知ることができて良かった。家族の温かみをしみじみと実感できるエピソードだった。