私は一番近く、一番長い時間を共にした幼馴染のあの子が羨ましい。
サラサラのストレートヘア、ぱっちりと綺麗な線の入った二重、小さい顔、隙間のある太もも、画力、文章力、羨ましくてたまらないのに決して憎いとは思わないし、嫉妬心も湧かない。
これが、もしただの中学の同級生だったら、高校だけで出会った人間なら、大学の顔見知り程度なら嫉妬に狂っていたかもしれない。憧れ、羨望、溢れ出る「羨ましい」の言葉は出来る限り口にしないようにしている。
その代わり、服装や、メイク、スタイルがいいなどと言い換えるようにしている。羨ましいねとは決して言わない。私とは違うということが長い付き合いでわかっているからだと思う。
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ただ彼女から時折「羨ましい」と言われることがある。
私にとっては当たり前で、普通のことでもあの子から見たら特別なのかとハッとした。
あの子がいなかったら、私はせっせとダイエットなどしなかった。あの子の隣を堂々と笑い合って歩きたいから。
あの子がいなかったら自分で文章を書くことはなかった。あの子の書いた物語が面白くて、自分でも何かを作り出したいと思ったからだ。
あの子が私の身長を褒めてくれたおかげで、姿勢に気をつけるようになることができた。背が高いということがコンプレックスだった私をあの子が羨ましいなんて言ってくれなければ、私はずっと肩を丸めて背を低く見せようと努力していただろう。
私が堂々とスカートを着られるようになったのも、堂々とハイヒールを履けるようになったのもあの子の一言がとても大きかった。
私はあの子に何かをあげられているだろうか?こんなにたくさんの幸せをもらっているのに、あの子に私の、心の底から言う「かわいい」という言葉は「お世辞でもありがとう」になってしまう。「スタイルいいね」は「そんなことないよ」になってしまう。
ただの謙遜かと思っていたが、あの子は私が思っているよりずっと自己肯定感が低いと知ることになった。
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「私は思っていることしか言わない。あんたはかわいい!羨ましい!」
友人らと宅飲みをした際、ネガティブモードに落ちていく彼女に初めて私は「羨ましい」と口にした。困ったように、照れたように笑って、再び「そんなことない」という彼女に私は、念を押して言った。
「私は、あなたの顔もスタイルも文章力も画力も全部羨ましくて全部好きだ」
友達に対して、友達だよね、なんて確認することなんて幼稚園か小学校くらいで終わった。ましてや、友達に好きだと言うなんて本当に片手で数えるくらいの歳の頃以来だった。
急に酔いが覚めて妙な恥ずかしさを覚えたが、友人は「私もあんたの身長と、肌と、脚の長さと何よりおっぱいが羨ましい!」と言われてみんなで馬鹿みたいに笑った。
普段から隠し事など友人達にはしていないつもりだったが、なんだかその時の私とあの子は初めて会った幼稚園児の頃のように難しい言葉を取り払い、単純で、まっすぐで、優しくて、はずかしいほど素直に「羨ましい」とお互いに言えたような気がした。
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他人は努力しているんだから、「羨ましい」なんて簡単に言ってはいけないと思っていた。私自身、それを痛感したことがあったからだ。
だけど、あの時の私たちは、努力とか生まれ持った体質とか、天性の特技とかを純粋に、尊敬の意の入った「羨ましい」を言い合うのが、恥ずかしくも楽しかった。
その後の二日酔いで死ぬほど体力を消耗したがあの時酒の力を借りられたことに後悔はない。
あの子に、届いているといいと思う。私は、あなたのことが羨ましい、そしてそんな羨ましい要素を沢山持ったあなたが大好きだと。だから、謙遜はしても自分を卑下するなんてことはしないでくれと。
後半は願いすぎか。せめて、あなたを羨み、尊敬し、隣を堂々と歩きたいがために努力している私と言う存在がいるということが伝えられたから良しとしよう。