中学3年の春、一生の親友ができた。

気が少し弱くて、明らかに相手が間違っているようなことでも、自分が悪いのかもしれない、もしかしたら相手はこういうつもりだったのかもしれないととにかく周りを受け入れる優しい子だった。でも、自分の芯はちゃんとあって、勉強も将来のことにも一生懸命だった。

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大学に入ってお互い県外に出ることになってからは夏と冬、年に2回しか会えなくなってしまったけれど、その2日は私にとってかけがえのない時間だった。

そんな親友が、大学3年生の今年の夏、4年付き合った私の彼氏を否定した。親友が誰かを否定するのを初めて見た。それまでも自分自身、彼に対して思うことはあった。デリカシーや配慮のない発言、何に対しても努力していない適当な姿。

でも、その度にこの人がさっぱりしたタイプだっていうのは知ってたでしょと自分に言い聞かせて、愛は許せることだよと言い聞かせていた。本当はそれが、現状を変える勇気を持てない自分の不甲斐なさや怠惰だって心の何処かでは分かっていたはずなのに。

普段優しくて、いつもにこにこしている私の親友が、デリカシーがなくてちょっと傷ついたかもという話をした時に、すごい形相で、別れたほうがいいと思うと言った。

こと恋愛においては、客観的意見は大事だと私は思っている。周りで盲目になりすぎている人達を見ていたから。

特に今回はあの親友の意見だ。別れた方がいいという言葉でやっと私は向き合うことができた。そうだよね、やっぱり許せないよね。

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別れる!そう決めてしまえば、今までグダグダ迷ってたのが嘘のようにことが進んだ。写真も消した。いつ、どんな風に別れを告げるのかも決めた。親友と色々喋っていたら、今までよく我慢できていたと思えるほど、彼のデリカシーの無さが鼻についた。

別に恨んでいるわけでも、嫌いになったわけでもない。けれど、4年付き合ったからといって、相手の全てがわかるわけでもない。特に私は彼に心を中々開けなくて、今年に入るまで愚痴や悩みを言えていなかった。だから、せっかく4年も付き合ったのにという言葉は無視することにした。時は金なりとは言うけれど、ここで別れたからといって過去が無駄になるわけじゃない。

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私はここでフリーになって、これからの自分の未来を買うんだ。だれか別の人を愛せるようになるかもしれない。今よりもっと愛せる自分になれるかもしれない。だから、私は大丈夫だ。

でも、自分で言うのもなんだが、彼氏は私を溺愛してくれていたから、彼は少し落ち込むかな。ストレスを感じることも、悩むこともない鋼のメンタルを持つ人だったけれど、溺愛する彼女との別れくらい悲しめる人であってほしいな。彼との4年が大切だったからこそ、彼のこれからを願う。

そして、これからは親友のおかげで一歩踏み出せた私の自由な毎日が待っている。もう、男友達と話したり、ご飯を食べに行ったりするのを我慢しなくて良い。この選択が正しかったのかはわからないけど、普段はだれも否定しない優しい親友が、私のために彼氏を否定してくれたことに、今はとても感謝している。