今から15年以上前の自分がまだ小学生だった頃、クラスメイトからいじめを受けていた時期があった。私は大人しい性格であり、打ち解けた友人とは普通に話す事ができたが、普段からあまり接点がない人達、特にそれが複数人になると途端に口数が減り上手く輪の中に入ることができなかった。

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当時私が所属していたクラスでは2ヶ月に1回程のペースで席替えが行われ、その周囲の約6人くらいのメンバーで一班が構成されていた。授業の中でグループ学習等がある際は大体その班単位で行われる事が多く、給食の時間もその班ごとに机をくっつけ、島の様な形にしてご飯を食べていた。

そんな班員を決めるある時の席替えで、私はあまり自分と折り合いの良くないメンバーに当たってしまった時があったのだ。

それは男女共にほとんど話した事のない面々であり、クラスの中でも少し目立つタイプの生徒が多かったように思う。班が決まった時点で私は大丈夫かな、ちゃんとやっていけるかな……と一抹の不安を抱いていたのだが、その日の給食の時間に自分の抱いた暗い予感は悲しくも見事に的中する事態となってしまう。

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お昼の時間中、皆が和気あいあいとお喋りをしながら食事を摂る中、なんと終始私だけ一言も言葉を発する事ができなかったのだ。

それは、慣れないメンツとの食事という緊張によるものだったが、それが鼻についたのだろう、その瞬間から、私は班のメンバーから「喋らないつまらない奴」というレッテルを貼られてしまったのだった。

最初は自分の耳に聞こえるよう「ねー、アイツほんと喋んないよね」といった風にクスクスとした忍び笑いをされるくらいだった。

しかし、それは日に日にエスカレートしていき、「アイツに触ると喋れなくなる菌が移る」とあからさまに席を離され、少し身体が触れた際には心底嫌そうな顔を向けられ舌打ちをされたり、授業中わざと筆箱などの机上にあった自分の持ち物を落とされそれを蹴られたりする事もあった。

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よく「いじめはいじめられる側にも原因がある」と述べる人がいるが、私はその意見を全く肯定するつもりはない。しかし、当時いじめの渦中にいる際は日々浴びせられる心ない言葉や視線に精神的にかなり疲弊しており、自分が喋らないのが原因でこうなったんだ、私が全て悪いんだと最早正常な思考ができなくなっていた。

また、それに加え自分がいじめられている、という事実を伝えるのが恥ずかしく、苦しくても中々両親にも打ち明ける事ができなかったのだ。

こんな日々がこの先ずっと続くのだろうか。明日が来るのが怖い、もう学校に行きたくない……いじめにより私は生きる喜びを半ば失いかけていたが、その絶望の日々は唐突に終わりを告げる事となる。

ある日の帰りの会で突然、私をいじめていた同じ班の生徒達が全員皆の前に立たされ、クラスの担任教師から強い叱責を受けたのだ。そして、それ以降あれだけ酷かった私への侮辱行為はピタリと止まり、謝罪された後に、過去の振る舞いがまるで嘘であったかのように同じ班の面々も私に普通に接するようになった。

担任教師に聞くと、とある生徒がいじめの事実を告発したのだという。唐突に終わりを告げた地獄のような日々に私は勿論安堵を隠せなかったが、その人物の名を耳にした際、思わず驚かずにはいられなかった。

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先生に告発してくれたのは、当時私が仲良くしていた女子の幼なじみのMちゃんという子だった。何回か話した事はあったものの、私はその子とそこまで親しい訳ではなかったため、最初は何故Mちゃんが?と少し面食らってしまった程である。

すぐさま本人にその件について聞く事はできなかったが、暫くして「ちょっとさ、聞きたい事があるんだけど……」と恐る恐る話を切り出した際、彼女は淡々とした口調でこう呟いたのだった。

「たんこちゃんは優しくて良い子だからさ。あんな風にされてるの、もう見てられなかったんだよね」

私はその言葉を聞いた時、胸が締め付けられるような、感謝とも、嬉しさとも苦しさともいえない様々な感情がごちゃまぜになり胸がいっぱいになってしまった。

その後、Mちゃんとは同じクラスの間は何度か話をする事があったが、進級してからはクラスが離れ、また中学も別々の所に行ってしまったため彼女とのそれ以降の関わりはない。しかし、私は彼女のあの時自分のために動いてくれた勇気に本当に感謝しているし、彼女の存在があったから今の私はあるのではないか、とさえ思う。

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もし、あの時Mちゃんがいじめを告発してくれなかったら、私は今頃どうなっていたのだろう。侮辱行為はずっと続き、もしかするとそのまま私は……。その先を考えると思わずゾッとしてしまう。

小学生の時に仲の良かった友人とは何人か今でもSNS等で繋がっているが、お喋りし、一緒に遊んだりした記憶は浅くても小学校生活の中で一番記憶に残っている存在はやはりMちゃんだと思う。彼女から勇気を貰った事であの日から私も誰か他者の事を救えるようになりたい、とも思うようになった。

Mちゃんが現在もこちらの事を覚えているかどうかは分からない。しかし、私は彼女があの時差し伸べてくれた救いの手をこれからも忘れずに胸に刻んで日々を過ごしていきたい。