高校三年生だった私は、新幹線ホームで彼への気持ちにピリオドをうった。
この経験が私の恋愛の自信。
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彼と出会ったのは高校の入学式だった。
これから始まる高校生活に胸を高鳴らせ、自分のクラスの席に着こうとしたときだった。彼と目が合った。その瞬間に、逃れようもない恋がはじまったとしか思えなかった。帰りの車の中でこれからよろしくね、と彼にラインを送った。こうして瞬く間に私の青春が幕をあけた。
好きなバンド、生まれ故郷、性格、血液型、話していくうちに見えてくる共通点。仲良くなるのに時間はいらなかった。ここまでは普通の仲のいい男女。だけど私たちは少し特別な関係性だった。同じクラスだったのに学校で話すことはほとんどない。彼と話すのはラインと夜にする電話だけ。私と彼しか知らない秘密の関係。
そんな状態に私は酔い、心地よかった。お互い、教室で変に噂されるのを気にして結果的にそのようなスタイルになった気がする。夢中というものは怖いもので、私は何かに操られているようにあなたに夢中だった。
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沢山の話をした。進路のこと、友達のこと、恋愛のこと、時に自分の悩みも。
ある夏の残暑が残る夜、彼が言った。
「○○はいい奥さんになるよ。三十歳までお互い相手がいなかったら一緒に暮らそう」
しばらく返答ができなかった。顔を伝う汗と蒸し暑い空気の中に虫の音が響いていた。
私はこの一言に一瞬の絶望を感じたがすぐその気持ちに蓋をした。
私はここから彼の言動から感じる気持ちに見て見ぬふりをするようになった。信じたくなかった。信じられなかった、と言った方が正しいのか。
こうして私と彼の秘密の高校生活をおくる。学校前にスタバの新作を飲みに、学校終わりに夕焼けを見に行き、テストの点数で競ってあなたにアイスを買う。くだらないラインのラリーは何時間したのだろう。文字変換はあなたの頭文字を打てば、すぐにあなたの名前が出てくる。クラスの雰囲気になじめなかった私にとって学校に行けている理由は彼だった。さりげなく出してくれるヘルプもたまに送ってくる面白くて変な画像も私を笑顔にする魔法だった。
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あっという間に季節はめぐり私の誕生日。彼から一枚の誕生日カードがラインで送られてきた。
頑張って0時に間に合わせたんだよ。そういう彼の優しい声を聞きながらメッセージに目を通す。最後の一文を読んだ時、涙が勝手に出て頬を伝った。
「You are my best friend!」
この涙は何だろうか。どれだけ思い出を積み重ねても、あなたを思っても、届かない。
必死につなぎとめていた鎖が切れた絶望の涙が止まらない。
「どう、気に入った?!」そう聞いてくる彼に私は冷たい涙を流しながら「うん、すごくうれしい」と明るく答えた。
私が彼を好きなことはとっくにばれていたと思う。でもそれを伝えてしまったら、この特別な関係性が壊れてしまう。彼から突き付けられた親友という言葉が痛いほど私の心を押さえつける。そして何となくこれまでの言動から彼が都合のいい女として見ていることが分かっていた。だからこそ苦しかった。
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彼は大学進学とともに地元を離れることになった。
お見送りの新幹線ホームで私はこの恋を終わらすことを決めていた。
夕日が差し込み、彼の顔を照らす。私が三年間恋をした悔しいぐらいに愛おしい表情を。あなたとの魔法の時間の終わりを彼の表情で悟った。
「ずっと好きだったよ。幸せになってね、もう連絡してこないで」
彼の表情を見ていると涙がこぼれそうだったから咄嗟に強めの言葉を吐き出した。高校三年生の私が精いっぱいの強がりで出した言葉。まるでそれはドラマのようなセリフだった。
いつの日か母が教えてくれた。父と結婚を決めたのは新幹線ホームだったと。
父が就職で母と勤務地を離れることになったとき、母は父に結婚するか、別々の人生を歩むかの二択を迫った。
母子ともに恋愛の終着点は新幹線ホーム。偶然なのか私の家族は新幹線ホームに何か縁があるのか。わからない。だが自分で運命を切り開く母のような強さを持っていると確信した瞬間だった。
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幻のような幸せな三年間の結末は儚く、新幹線が彼を連れ去り、彼のラインを消した瞬間、
私は泣いた。この日から二年がたった今、当時私は夢を見ていたのかもしれないと疑心暗鬼になるが、思い出すのはどれも彼の愛おしかった表情だ。
大学に入り、私を愛してくれる恋人ができた。それでも今の私の恋愛の自信は、彼からの愛ではない。三年ものかけがえのない日々に自分自身でピリオドを打ったあの日の記憶。
新幹線ホームで強がった私の言葉が、涙が、これからも私を支えてくれるだろう。
そして私自身で運命を切り開いてゆきたい。
いつしかピリオドを打つ必要のない恋にたどりつくと願って。