すらっと背が高く、長い手足。まだあどけない顔立ちの中に筋の通った鼻。天然なのか、計算されているのか、くるくると毛先を遊ばせた髪。

王子っているもんだ。

喋ったこともなければ、同じクラスだったこともない。ただの同級生というだけの存在。わたしのタイプではなかったけれど、彼が"モテる"のだということだけは分かる。

そして王子は、入学して間もなくから姫を愛していた。学年中が憧れるような美男美女のカップルだった。

◎          ◎

もれなくわたしも、ふたりの姿を遠巻きに眺めてはお似合いだなあとしみじみしていた。SNSに流れてくるふたりのキラキラした姿を見ても、妬みや僻みの一つも出てこないほどに。それだけ、確立されたふたりの世界に惚れ惚れできたのだった。

そうして時は流れ、事は最後の体育祭の日に起こる。

わたしのクラスはあいにく入賞すら叶わず、早めにホームルームを終えていた。

わたしは端のクラスの前で恋人のことを待っていた。恋人のクラスは見事優勝を果たしており、閉じられた扉の向こうからホームルームの盛り上がる声が廊下に賑わう。微笑ましく思いながらスマホをいじるわたしの隣には、例の彼。彼のクラスも入賞したようで、賞品の大袋のお菓子をいそいそと分けていた。

そういえば、彼の恋人、姫もこのクラスで優勝していたんだっけと、液晶画面を流し見しながら思う。

◎          ◎

『あ、余ったや』

彼がぼそっと呟いた。入賞を逃し羨ましく思う気持ちと、体育祭後で否が応でも感じる空腹、そして、一向に終わらなさそうなホームルーム。

喋ったことこそ無かったが、同じ学年で何年も過ごしてきている。向こうだってわたしの顔くらい知っているはずだ。話しかける事は、そう難くはなかった。

「ね、じゃあ一個ちょうだい」

わたしは彼の方を向いて、一言、ねだった。

『ん、いーよあげる』

迷わず答えた彼は、そのひとつをわたしに手渡した。

「やった〜ありがとう〜」

お菓子に気を取られていたわたしは、彼の顔が近づいていることに気が付かなかった。さっきまで、視線を交わすには見上げなければならなかった彼の顔が、いつの間にか目と鼻の先にあった。わたしの顔と同じ高さまでやってきた彼は、立てた人差し指を口元に当て、こう言った。

『ないしょね』

決して大きくない、静かな声だった。

◎          ◎

ホームルームは最高潮を迎えていたのか、廊下が一段と騒がしくなった。それでも、その静かな声は、しっかりと響いた。五文字とも違わずわたしの耳へと届き、ぞくりと、鼓膜が震える。

王子っているもんだ。

不覚にもドキッとした。感心と王子への返答が入り混ざって、わたしはゆっくり何度も頷いた。

タイプじゃないと思っていたのに、の仕草と声にめまいがしそうだった。

はっとした頃には、彼の顔はまた元のすらっとした身体の上に戻っていて、先ほどまでの距離感を物語っていた。すでにその目線は、手元の液晶画面を捉えているようだった。教室の扉が開いて、優勝クラスの生徒が飛び出してくる。わたしたちは喧騒に飲み込まれていった。

そして何事もなかったかのように、意気揚々とした恋人と合流し、手を繋いで帰った。

物語はこれ以上続かない。ロマンもロマンスもない。ちょっとだけロマンチックな刹那だった。

彼とはそれ以来一度も話すことなく卒業した。卒業してから姫とは別れてしまったようだった、そんな風の噂を一度聞いただけだ。彼は、またどこかで誰かの王子になっているのだろうか。