私の家族は何処か歪んでいた。両親は居ても血縁はない、子供想いであっても忖度がある、兄妹は陰でお互いに蹴落とし合う。そんな環境の中約20年間過ごした私の心は荒み切っていた。自分が在るべき姿とは何か、と言う問は〝親の期待に沿う完璧な子供〟でしか無い。

そこに自分の意思などは無く、決められた答えが常に存在した。心はもうとっくに限界を迎えていた。そんなある日、睡眠薬の抜け殻を母に見られた。その時点で私は母にとって〝必要のない子〟になった。

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2022年の1月深夜1時頃の小雨が振る寒空の下、薬でぼんやりと覚束無い足取りの中実家を追い出された。親の期待に応える気力も縋る余力も無かった。文字通り本当に何も無かったのだ。救われたい一心で祖母に連絡した。朝方4時頃祖母が迎えに来てくれた。それからは祖父母の養女になった。祖母の助けにより、当時の私は何とか生きていられたのだと今でも思う。

空っぽの当時は大学もほとんど通えて居なかったし、現実逃避に明け暮れ薬のオーバードーズによる自殺未遂を何度も繰り返していた。そんな中、なんとか身体を引き摺り出席の為だけに大学へ。そんな灰色の日々が続いた。

親に求められた学歴、今では無意味になったこれまでの努力。認められたい一心で私なりに努力し歩んだ人生。親の為と思って努力して来たのは事実であったが、それは間違いなく私の血と肉と汗と涙で得た唯一のものであった。自身の為に、私はこのまま大学に残ろうと決めた。そして4年間で卒業しようと決心したのだった。

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そんな中、高校時代からハマってやっていたスマホゲームで仲良くしていた友達にふと、自身の身の上話をした。血縁関係の無い、顔も知らない誰かに話すのは初めてだった。彼は、私が話終わるまで黙って聞いてくれていた。ただ誰かに聞いて欲しかった。そうすると彼は、「俺も似たような境遇なんよ。両親にある日突然蒸発されて、妹を連れて姉貴と俺だけ家に残されてん。そっから大変やったよ」いつもの関西弁で笑い話にする彼がとても強く逞しく見えた。似た境遇の人間が案外身近に居た事に何故か安堵した。その瞬間、まるで世界に2人だけになったような気がした。

彼は私の10歳年上の男性だった。人生の大半を大阪で過ごしており関西弁がとても流暢であった。結婚歴があり、実子もいる。彼曰く元嫁の不倫により離婚したそう。お互いゲーム内で「とことん報われない人生だねぇ、お互い」と笑い合う日々。

彼と恋愛関係に発展するにはそう時間は掛からなかった。当時彼は東京に、私は横浜にいた。私達は出来る限り時間を共にした。半年程の交際期間を経た後、彼が突然「俺な、大阪に戻ろうと思ってん」と言った。やっと安定したと思った私の足元の大切な柱が揺らぐのを感じる。まだ1人では立っていられない、そう心で叫んでいた時、「一緒に大阪行かへん?」いつになく、自信の無さそうな声。珍しいと思った。共に人生を歩みたいと彼は思っているのだ。私は心が満たされるのを感じた。

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そこからの私は生気を取り戻したように全てに打ち込んだ。祖母、叔母には真っ先に話したのを覚えている。紆余曲折はあれど、「若いんだから良いんじゃない?それがキョウヤの幸せなら」という結果になった。

大学も無事卒業、教員免許を取得した。そしてほぼ同時期に私は沢山の祝福をされ、大阪へ出発。しかし、見送ってくれたのは叔母1人。涙ながらに「頑張ってね」と言われたその顔を見て、新幹線の出発の後、涙が止まらなかった。しかし、間違っていないはずだと私は自身に言い聞かせた。

最愛の彼との同棲生活はまさに薔薇色だった。朝日に照らされた彼の寝顔を撫で、幸せを実感する。ありとあらゆる柵から解放された私に残されたのは最早彼だけだった。彼だけでいいと思った。これ以上の幸せは要らない。私には彼だけが居れば十分だった。

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しかし、神はそう甘くないようで。日常は壊れ始めた。私はフルタイムの仕事をこなしつつ家の事を全て行う。まるで家政婦だった。不満は募り嫌味を言う。彼の虫の居所が悪かったのか暴力を振るわれた。頭が真っ白になった。床に倒れ込み抵抗する間もなく馬乗りになられ顔を何度も、何度も殴られる。叔母から買って貰った眼鏡も壊れた。私は、自分を責めた。彼の機嫌を損ねたからこんな事になったのだと。帰る道もない、もうたったの1人のはずなのに戻る訳にもいかないこの人生を後悔し始めた頃。

妊娠をした。経済的には育てられた。しかし根本の問題があった。私達は親のお手本と呼べるものが無い。彼は親になった事はあれど、私には無い。そもそも我が子を愛せる自信も無かった。また、彼の暴力から我が子を守れる自信も無かった。本来祝福されるべき事を私は誰にも告げず、こっそりと小さなたまごのままの我が子とさようならをした。

彼との関係が歪み、彼との子を堕胎しても尚、私は彼を愛していた。しかし、彼はそうでは無かったようで。ある日突然別れを切り出され、私は正真正銘の一人ぼっちになった。でももう枯れる程彼の為に涙を流していたからか、涙は流れなかった。後悔はない。私は全身全霊で彼を愛した。そう胸を張って言える。

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それから私は自分自身と向き合う事に決めた。仕事に打ち込み、自分自身を大切にする事を第一とした。仕事の後は飲み歩き、一睡もしないまま、また仕事へ。自暴自棄になっていた部分もある。でも何故か解放された気分になった。自由とはこういう事なのかと心酔してしまうほど。ここまで来たらどこまでも堕落した人間になってやろうと思った。イエスも現を抜かし聖書を放り投げるほどの、サタンさえ涎を垂らし頭を垂らすほど。

しかしそんな考えをしていたにも関わらず、現在の私は2匹の犬に囲まれ、今まさにこれを執筆している。トイプードルのぷぅとパグのパン。そしてそれを微笑み「本当にキョウヤが好きなんやな〜」と笑う2歳年上の彼。24歳の私が求めた、真実の愛とはまさにこれである。