「〇月△日、東京に行くね」
3年前の大学3年生の夏、私は遠距離恋愛中の彼に会うために北海道から東京に向かった。
気軽に会えない距離だからこそ、彼に会えることの特別感と、付き合いたての気恥ずかしさを抱えて飛行機に乗り込む。
窓の右側に飛行機の羽根が見える席に座ると、これから空の上を飛ぶことの高揚感に加え、羽根の先端に描かれているハートマークに背中を押してもらっているようで心強かった。
夜間大学に通いながらアルバイトをしていた日々。勉学に対してほどほどに精を出しながら、生活費とは別に旅費も溜めていた私にとって、大学の長期休暇中に彼に会えることはこの上ないご褒美でもあった。
離陸時のアナウンスさえ、私と彼を繋ぐ旅路を祝福しているように聞こえていたくらい。
きっと、どの搭乗者よりも浮かれていたんだろう。
私たちは着実に距離を縮めて、愛を深めていった
初めて一人で東京へ行った大学3年生の初夏。上野にある美術館で出会った彼は、22歳年齢が離れていて笑顔が素敵な人。趣味が同じで、お互い気が合うと感じ、紆余曲折あってお付き合いする仲になった。
遠距離恋愛で、なおかつ二回りもある年の差。
友人や家族からの不安や心配を含んだ冷ややかな視線をよそに、私たちは着実に距離を縮めて、乗り越えて、愛を深めていった。
年齢差や経験値の違いを感じて不安な夜を過ごすこともあったけれど、数か月したらそれすら「面白いね」と言えるようになったし、石橋をたたきすぎて渡れなくなり、周りを見ては自分を卑下するような性格の私を「こんな人に出会うなんてはじめてだよ」と若干の皮肉を交えながらも、ずっと見守ってくれる彼には感謝しきれない。
ポジティブでまっすぐ私を見つめてくれる彼のおかげで、心身共にゆっくりだけど確実に成長していく自分に、ちょっとだけ自信が持てるようになった。
大学卒業を機に結婚。私たちはいくつものハードルを乗り越えたんだ
朝起きると隣に彼がいることの喜び、食事も一段と美味しく感じる長期休暇中の期限付きの同棲。
また、北海道に住んでいる普通の学生という身分が剥がれて、ちょっと背伸びをしても笑われずなんでも受け入れてくれる、そんな東京で過ごす非日常も心地よかったのだ。
それから大学の長期休暇になれば、お気に入りの羽の見える席を予約して彼に会いに行った。
そして、大学卒業を機に北海道の土地を離れ、秋に彼と結婚をした。
好きな人が愛する人になったのだ。
今年、夫婦として過ごす初めての夏。
潮風の香りに乗ってカモメの鳴き声は聞こえないけれど、蝉のせわしなくて元気な鳴き声は聞こえるんだ……。
ふと、そんなことを考えながら空を見上げると、飛行機が飛んでいた。
私はもう飛行機に乗って彼のもとに向かわなくていいし、数か月も会えない時間を過ごさなくてもいい。私たちは一緒にいくつものハードルを乗り越えたんだ。
一緒に暮らすようになっても、なお、早く夫に会いたいと思う
過去と現在。今でこそ会えない時間が気持ちを強くしたと言えるけれど、あの時は好きだからこそしんどいと思うことが多かった。
夫と一緒に暮らしていつでも会える距離になっても、なお、早く夫に会いたいと思うのは、遠距離恋愛中お互いが気持ちを大事に温めていた名残だろうか。
それとも、ただただ夫を愛しているからだろうか。
愛する人と会える幸せは当たり前じゃない。
だからこそ、愛する人への思いは大切に優しく抱きしめていたいと強く思う。
「〇時にあそこで待ち合わせしよう」
約束していたデートの日、仕事終わりにいつもの待ち合わせ場所に向かう。
少しだけ速足になるのは、遠距離だった頃のようにドキドキして、会える嬉しさがこみ上げてくるから。
私たちの関係がどんなに進展しても、愛する人に会える幸せは変わらない。
お互いがお互いの姿を見つけて手を振る瞬間、私は弾む心に身を任せて二人の時間に吸い込まれていく。