これは私がまだ前の会社に属していた時の話です。当時自分はそこそこ規模の大きい会社で働いていたのですが、人数は多くてもいるのはおじさん、おばさんばかりでこれといって華やかな出会いはほとんどありませんでした。また、そうなると目の保養になるような麗しい存在を見つけるのも至難の業であったのですが、そんな枯れた砂漠じみた環境の中でも別の部署にたった1人だけ自分の好みをそのまま具現化したような紳士が存在していたのです。

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その方は営業部の部長を勤めており、年は40代後半。しかし見た目は年齢にそぐわずひと回り程若く見えるようなシュッとした印象であり、よくテレビドラマに出演している40代くらいの素敵な某俳優を彷彿とさせる何ともいえない妖艶な大人の色気を持ち合わせた人物でした。

会社に入社した直後から彼の存在は何となく認知してはいたのですが、特に何か仕事上での関わりがある訳でもなく、また普段仕事をしている棟も違ったため、ふとした瞬間にすれ違うようなイベントも残念ながら発生する事はありませんでした。しかし、そんな中でも一度だけ彼と共に仕事をする機会が巡ってきた瞬間があったのです。

しかもそれは社内でのちょっとした会議に同席する、といったショボいものではなく、とある取引先への訪問へ同行するというものでした。勿論2人きりという訳ではなく自分の直属の上司を含めた複数人での訪問ではありましたが、初めてまともに彼と言葉を交わし、その整った顔を間近で拝見した際には思わず食い入るように見つめてしまった事を恥ずかしながら今でも覚えています。

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社内で密かに憧れていた人と会話をする、もうそれだけで十分きゅんな案件ではありましたが、私がそれ以上にときめきを感じたのは取引先への訪問が終わり、皆で社用車に乗り込んで会社への帰路に着いていた最中の出来事でした。

同行していた人の中には何人か喫煙者がいたため、休憩も兼ねて一度途中にあるコンビニへ寄る事になったのですが、私はお手洗い等も含め特に用事がなかったため、自分だけ1人車内に残っていました。束の間のひと時であり、何も考えずボーッとしていたのですが、少しするとドアが開き、なんとその営業部の爽やか部長がおもむろに私の隣へと乗り込んできたのです。

てっきり戻ってくるタイミングは他の皆と一緒だと思っていたため、あまりに予想外の出来事にただただ驚いてしまい、お疲れ様です、といった気の利いた言葉を発することもできず……。しかし、そんな私を尻目に、「今日は疲れたでしょう。女性1人なのも大変だったよね。よかったらこれ飲んで」。彼はそう言いながらはい、とこちらに冷えた缶コーヒーを手渡してくれたのでした。

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「え……あ、ありがとうございます!?」

予想外の展開に最早何が起きているのか頭の理解が追いついていませんでしたが、戸惑いつつも何とか声を振り絞り、震える手で部長からの差し入れを私はそっと受け取りました。

まさかこんな至近距離で密かに憧れていた人からコーヒーをもらえるなんて……。もうその時は、嬉しさというよりも突然の事態による戸惑いと恥ずかしさで正直ちゃんとお礼を言えていたかどうかさえも定かではありません。

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その後、一拍遅れて喫煙していた他のメンバーも車内に乗り込んできたのですが、ふと見ると皆手には缶コーヒーのような飲み物を何も持っておらず、その時に「もしかしてこの人、私にだけ買ってくれたのかな……」と思わずそういった考えが脳裏に浮かびました。今考えると自意識過剰な事この上なしですが、真偽はどうであれ、その思考も加わった事で私は中々胸のドキドキを静める事ができませんでした。

それ以降、彼と業務が重なる事はなく、私はそのまま会社を退職、結局関わりがあったのはその缶コーヒーの時の1回のみ。しかし、たった1回でも私にとっては大変思い出深い出来事に違いありません。今でも彼に似た俳優さんがテレビに出ているのを見ると彼を思い出して1人ニヤついてしまいますし、自販機などで缶コーヒーを購入する際には自然とあの時のときめきが自分の身に蘇ります。彼はきっと今でも持ち前の能力を活かし、社内で活躍している事でしょう。前職での数少ないオアシス的なきゅんエピソードを与えてくれた事に対し今でも感謝しています。