彼とのやり取りは、バイトのメンバーでドライブに行った帰り、私から「今日は運転ありがとう。速いけど安全な運転で性格出てるなと思った!」と送ったことから始まった。すぐに「ありがとう!それは誉め言葉と思っていい?笑」というメッセージがってきて、シフトが被ることも少なく、時々会うくらいの仲だった私たちは、そこから毎日連絡を取るようになった。二人とも一通り授業を取り終えた4回生ということもあって、朝までLINEが続く事も珍しくなく、些細な事がきっかけで、二人でカフェ巡りをするようになった。

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彼とこんなに近い距離で話したのは初めてで、皆と一緒にいるときとは雰囲気が違うことにすぐ気が付いた。私に話の調子を合わせてくれているところや、聞いてほしいことをピンポイントで聞いてくれるところ、盛り上がる共通の話題を挙げてくれるところなど、彼の繊細な気配りが見て取れ、同じように気を遣いがちだった私は、通ずるものを感じて惹かれた。一方で、彼は可愛いお客さんが来たら誰よりも早くすっ飛んでいく面食いである、ということを知っていたので、自分なんか眼中にあるわけない、という気持ちがブレーキをかけていた。

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その頃、4回生の多いバイト先では人生最後の夏休みを謳歌しようと、積極的にイベントが行われるようになり、私と彼も参加した。その日は朝までカラオケをやるということだった。大学生特有のどんちゃん騒ぎは苦手だけど、信頼しているバイトのメンバーで、最後に少し盛り上がるくらいなら悪くないなと思う。私はお酒も弱く、あまりはしゃぐタイプでもなかったけれどこの日だけは少し羽目を外した。皆でマイクを回しながら次々に、べっ甲色の液体を口に運ぶ。頭がふわふわして心地良い。私は4曲目も終わらないうちにすぐにお酒が回って、さっきまでソファーの端にいた彼が隣にいることに気が付いた後、そのまま眠ってしまった。

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目が覚めると、誰かの膝の上で寝かされている。彼だ。驚いて起き上がろうとするけど、体が動かない。下手な大合唱が聞こえ、全員酔い潰れているということが分かった。頭上の彼と目が合う。ふいに、「ちゅーしていい?」と囁かれた。私は軽い女だと思われたくなくて、でも期待する気持ちもあって、酔ったふりをして「んー……」と曖昧な返事をした。次の瞬間、唇に柔らかい感触。数秒間をおいて、キスされたということに気が付いた。死んでしまうんじゃないかというくらい、心臓が激しく鳴る。とっさに寝たふりをしつつ、誰かに見られていないか確認したが、幸い皆、お酒と音楽に夢中で気が付いていないようだ。彼は何事もなかったかのように歌い続けている。もう、眠れなかった。

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彼を強く意識するようになったのはそれからで、翌日何事もなかったかのように出勤してきた彼と目を合わせることができなかった。私は恋愛対象じゃないと思っていたのにそれは違ったのか、それとも弄ばれているだけで忘れたふりをしているのか、わからなかった。「それ取って」と手が近づくだけでも心臓が飛び出そうになる。いったいどういうつもりなのだろう。覚えているのかいないのかわからず、もどかしかった。

その答えを確かめるかのようにまた二人で出かけるようになり、それが3回目にもなる頃、帰り道に「好きです」と告白された。「私も」と返事をし、今度はもっとゆっくりと、慎重に唇を重ねる。
「これ、初めてじゃないの覚えてる?」と尋ねると、「え、どういうこと?」と本気で驚いた返事が返ってきた。彼は全く覚えていなかったようで、本当にごめんと何度も謝られた。あの甘い思い出が、私にしか残ってなくて、1人でドキドキしていたと思うとなんだか悔しい。けれど、人生最後の恋愛でこんな刺激的な経験ができて良かったなとも思う。

そんなお騒がせな彼と付き合ってもう2年。先日、婚約した。