個人書店には、開いた人のこだわりが詰まっている。短歌をSNSで公開することが好きだった高校生の私は、スクロールして見つけた、詩歌の本がたくさんある本屋さんに行ってみたくなった。大阪市北区中崎町、小さなビルの中。大阪府内の大学に進むことが年内に決まった私は、引っ越したらすぐにその場所へ行くと決めていた。

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春が来た。大阪府に自分の住所を持って、週に三回の開店と自分の予定が合う日を待っていた。結局行けたのは、入学式、ガイダンス、お休み、初めての授業の流れにあるお休みの日。夜だけの営業だったから、近くの公園で桜を見て待っていた。暗くなった時間に本屋さんに入ると、短歌や俳句の本が充実していることに感動した。

店内には短冊が並ぶ。自作の短歌を書いて飾ることができるから、私もそうした。「短歌作られるんですか?」と雑談をする。授業が始まってからも、暇を見つけては電車に乗って向かった。その間にインカレの短歌サークルにも入会して、新歓では会えていなかった先輩と本屋さんで出会うこともできた。店主さんは新しい町を楽しむ私に、「大学頑張ってくださいね」と言ってくれた。

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しかし、その週末が終わると、私はキャンパスのベンチから立てなくなるほどに心が疲れていた。休憩のつもりで実家に帰ったけれど、もう大学には戻れそうにない。家族の了承を得て、次の月には休学の書類を提出した。

行かなくなった大学の夏休みが終わるころ、私は中学校の同級生と大阪で会うことになった。旅行では前乗りが基本だから、その子と会う前日は自由行動。ちょうどその本屋さんが開いている日。大阪メトロ谷町線に揺られて、中崎町にたどり着いた。もうスマホのナビがなくても行ける。

「キャリーケースここに置いていいですか?」
「大丈夫ですよ」

店主さんは相変わらず優しかったし、私を覚えてくれていた。四月で止まっていた私の情報を伝えると、同情するような、温かい表情を返してくれた。しばらくすると、年齢の近そうな人が入ってきた。話しかけてみよう。

「短歌作られてるんですか?」
「大学のサークルで作ってます」

私のペンネームを伝えた。

「え、同じ短歌会ですよね? 新人賞で最終選考に残った子が一回生にいるって聞いて、会ってみたかったんです」

高校生活の最後に応募した新人賞で、私は認知されていたみたい。その人にもペンネームを教えてもらうと、少しだけ記憶にある名前だった。

「短歌雑誌で見たことあります」

ふわっとした答えになってしまった。ちゃんと他の人の短歌も読まないとな。店主さんに話した、大学に行けなくなったことを、先輩(同じサークルだからこう呼びます)にも伝えた。

「たまにでいいので、また歌会に来てほしいです」

ハードルを下げてくれたことに感謝している。バイト代が許す限り、遠征して会いに来たい。

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先輩はお家、私はホテルに向かうために駅の近くを歩いていると、個人店らしきクレープ屋さんがあった。

「食べますか? お腹空いてなかったら全然いいんですけど」

クレープって甘くて多いから食べるのが大変だけど、今は食べたいかも。先輩からのお誘いだからというより、もう少しお話していたいという気持ちだった。中学校でも高校でも基本的に同級生としか仲良くなれなくて、今ここで「先輩との時間」があることが、本当に幸せ。話すことに夢中になって、クレープに挟まれていたバニラアイスは紺色のズボンに垂れていた。

また先輩と会うために書き続けたいし、書くことが少し滞ったときにも会いたい。そう思えた自由行動の一日になった。そして次の日に会った同級生は、私の嬉しい話を笑顔で聴いてくれるのだった。