私が彼女に出会ったのは2021年夏。大学2年生の時だった。
その頃の私は興味本位で始めた集団塾のアルバイトの初期研修期間で、毎日社員の前で授業練習するも思うようにいかず、怒られる日々で毎度涙ぐんで取り組んでいた。初めて彼女と会ったとき、彼女はオレンジジュースを持ってきて「少しゆっくりしてね」と花が咲いたかのような表情を見せてくれた。
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見学研修として彼女の授業を見ると、生徒が前のめりで授業に向かっており、彼女の動きや言葉にひとつひとつリアクションしている。なにより勉強しているのにも拘わらず、花の蕾がふわっと咲いたような笑顔で私を包んでくれた。彼女は同じ集団塾で働く1つ上の先輩だった。子どもたちはみんな楽しそうに笑っていた。授業以外でも彼女の力はすさまじかった。他の校舎で働く講師との交流会では彼女を中心として話が展開されていく。まるで花に集まるみつばちのごとく吸い寄せられていく。人を助け、楽しませ、豊かにしていく彼女の力に数か月で魅せられた。講師の中で「女帝」と呼ばれていた彼女には、まさにその風格を漂わせていた。
私は彼女に憧れた。だからこそ近づきたいと思ったし、あわよくば彼女のようになりたいと願った。
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出会いから1年がたち、大学4年生になった彼女は大手ハウスメーカーから内定をもらっていた。彼女なりに苦労したという話を人づてに聞いたけれど、就職活動解禁日とほぼ同時に就職先を決めた彼女に若干の嫉妬を覚えるようになった。自分の就職活動が上手くいかない時に目に入る彼女の旅行紀行のSNSは深呼吸と共に受け止めた。そして彼女は社会人になった。
私は自身の就職活動解禁日の1か月後、第1志望の企業から内定をもらった。学生としての務めがあらかた終わり、すべてから解き放たれた私は他の校舎で働く講師との交流会を開催したり、海外へ旅行に行ったり、自分の好きなことに時間を使うようになった。
塾講師としては校舎で「ボス」と言われるほど生徒の指導を徹底して結果につながったことをきっかけに、後輩講師育成という私が憧れた彼女の立ち位置を後任することになった。
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後輩指導は窮屈だった。自分の格好いい背中を後輩に見せ続けないといけない。憧れの気持ちを持たれると余計に苦しい。「桃佳さんみたいになりたいです」なんていわれた日には追われているような気がして落ち着けなくなった。私は彼女のような先輩講師になることを諦めた。自分の悪いところをさらけ出してそれもまた教えていくスタンスに切り替えて、後輩にも頼ることにした。
憧れだった彼女はプレッシャーに縛られていて、私の前では素晴らしい人間を演じ続けてくれていたことに気づいた。
お互いが社会人になった今でも、彼女とは定期的に会っている。
ここ最近は体調を崩しがちで仕事を休むことがある、と言っていることを別の先輩が教えてくれた。彼女は仕事でも人を助け、楽しませ、豊かにしていく彼女の力を発揮しているんだろう。そして彼女はその能力を止めることができない。
彼女はきっと、次に会ったときにも私の前ではハツラツと笑い続けるんだろう。
そんな彼女が私は愛らしくてたまらない。