私が初めてあの街へ行ったのはライブを観に行くためだった。インスタライブで繋がったラッパーのライブ。彼のライブが終わり、慣れていない土地のライブハウスは身体をこわばらせる。

周りを見回すと、彼のシェアハウスの同居人のKがいた。どうしてKを知っているかというと、Instagramのアカウントを見ていたからだ。「あの、Kくんですよね?」と聞くと「そうだけど、あきらかに俺不審者だけど大丈夫?」と返された。

不審者に見えないよ、とすぐさまフォローする。実際、Kはサングラスをかけていて言われればそう見えなくもない。

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Kに外に出ようと誘われる。
共通の知り合い、この街に来た理由になったラッパーのSついて話した。

Sは複雑な家庭環境で育っていたと聞いた。
父親から殴られ育ち、「頼むから死んでくれ」と言われたこともあるそうだ。
そんなSとKはたまたま仕事先で出会い、Kが家を借りさせたらしい。
Sを見ていると愛が欲しかった頃の子ども時代を思い出してしまう。

Kに「Sを見てるとさ、なんかさ、自分が昔されたかったことをしてあげたいなって思っちゃわない?」と言い、顔を覗くと彼は涙を流していた。
いきなりの涙に驚き、そして自分だけではないのだと知った。
誰だって愛されたい。だから与えて、どこかで貰いたいのかもしれない。

「よく泣くの?」と聞くと「わかんない。なんでだろう」とぽろぽろと頬を伝う涙を拭っていた。SとKは私より年下で、その様子を見るに守るべき存在だなとぼんやりと思ったが、そこまで近い存在ではないし、そこまで近くなれないことも知っていた。
そのままライブハウスの近くで2人で1時間ほど話した。「好きなドラッグは何?」「お酒だよ」「あの宗教のシステムは成功しているね」「初めて会った感じしないね」「双子みたい」

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この街はライブハウスの周りにキャバクラやスナック、ホストクラブなどが並んでいた。Kにビルの屋上に行こう、と誘われ少し古めのビルのエレベーターに乗る。
屋上についた途端彼は下にいる人たちを見下ろし、口を開いた。
キャバ嬢を見て彼は「彼女たちは消費されている」と始めた。
キャバクラで働いたことがある私はどうして?と聞こうとするが間髪入れずに「俺はそれに対してどうこう否定したいわけじゃないんだ」と。
煙草をふかしながら、彼はよくわからない演説を始めた。
それを見ながら、あ、よくわからないけど私この人と仲良くなれるな、と思った。

ある程度Kが話し終わったあと、

「俺に何が足りないと思う?」

と問いかけてきた。

「愛じゃない?」。目を見て言う。
「愛か」。納得したように頷いていた。

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私が与えようか、と喉元まで出るが抑えた。責任は取れない。
屋上での風の寒さに怯えながら、恋愛ではなく、家族のような繋がりを持って抱きしめたいと秘めながら、私たちはその場を後にした。

ライブハウスに戻るとSは「K君とホテル行ってたっしょ?」と聞いてきた。「行っていないよ、だってこれからS達のところに泊まるのにそんなことするわけないじゃん」と返すと、「思ったより、いい子だ」とライブハウスの出口に向かうエレベーターを押していた。

シェアハウスにはなんと1週間も滞在した。
観光をするわけでもなく、だらだらと家の中で過ごした。
Kは私を見て「期待しない」とぽつりと呟いていた。
それは何を意味していたのだろう。

私は彼らの母親にはなれない。
私は彼らがいるあの街が好きだ。
ずっとそのままで冷凍保存していて、本当に温かさが欲しくなった時、私がそうなれる存在であれたらな、と自宅で眠る前に考える。
そんな事を知らない彼らは今日もInstagramのストーリーを更新する。