近所で子供を見かけることがほとんどない。
たまに朝の電車などで高校生がテスト勉強をしている姿や運転中の車窓から横断歩道の
信号待ちをするランドセル姿の子供を見かけるくらいだ。

一時のように短いスカートにぎょっとするような女子高生は見ないし、きっちりとポニーテールを結った小顔の女の子はしゃきっとランドセルを背負って、若者は進化しているなあと感じ、かつての子育てに思いを馳せる。

◎          ◎

20年前の切ない光景。
うす暗い街灯の下、14歳の長女が自転車の前かごに飼い犬のチワワを乗せてしょんぼりとたたずんでいた。

私を見つけると元気のない顔で「遅かったね、待ちくたびれたよ…
長女はサプライズで仕事帰りの私を迎えに来ることがあった。
母子家庭のひとりっこ、家では飼い犬の「もも」が母、姉の役を務めてくれていた。

私はその日、職場のトラブルで帰宅が遅れ、とても疲れていた。
ごめんごめんと謝りながら愛犬の頭をなで、ふと長女をのぞき込むと泣き出しそうな顔。
「どうしたん?」と言うと「携帯を落として見つからない…」

一刻も早く家で休みたかった私はげんなりとしてなんで?どこで?いつ頃?あほやなあ、お母さんともう一度探そう、早うしなあよ。
等々、矢継ぎ早に叱りながら暗がりの道を駆け巡った。

…お母さんを驚かそうと急いでたんだよ。
ズボンのポケットに入れてたから落としたんだと思う…。

めそめそ泣きながら話す長女に優しい言葉をかける余裕はなかった。
ため息をつきながら警察に電話をしてコンビニでお弁当を買って帰った。
黙ってもそもそと弁当を食べる私たちをももが小さく啼いて上目遣いで眺めていた。

翌日、長女の携帯電話が見つかったと警察から電話があった。
安堵して警察署に駆け付け、書類にサインをして受け取った赤い携帯には数本の深い傷が付いていた。

◎          ◎

それからあっという間に日は過ぎて、あの泣き顔の長女は大学病院のCCU(循環器疾患集中治療室)の看護主任になった。

いつもそばにいてくれた愛犬はもういない。
残業続き、休日呼び出しも珍しくない医療現場での交代勤務。休みは眠りこけるばかり…。
ぼさぼさ髪によれよれのパジャマ。しかし出勤時はびしっと髪をまとめ、猛スピードで自転車をこぎ出す。
泣きべそをかいていた女の子はどこへやら。

もう忘れたかな…。あの日、言いそびれたけど「叱るばかりだったね、ごめんね」

夕暮れの静かな部屋、お腹の鳴る音、コチコチと進む壁時計、愛犬の小さな鼻息と
柔らかく温かい小さなからだ…

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いろんなことがあったけど友達や先生、近所の人たち、そして「もも」。

たくさんの優しさに見守られて笑ったり泣いたりしながら今日にたどり着いたこと。
そんな記憶を心にしまって、これからの10年もしっかり歩いていこう。
仕事やそれ以外の事でもつまずくことはあるだろうけれどいつだってなるようになるもんだよ。

どんなときも一人ではないということを忘れないで。
何もかもがますます便利な世の中。
でも変わらず一番大切なことはリアルな繋がりだと思う。
手のぬくもり、温かい心、思いやり…。
若葉のようなみずみずしい感性を持ち続け、更に学び、賢く強く、やさしくしなやかに
縁を紡いでいってほしい。

そんな思いでこれからを生きる女の子たちに月並みだけど「がんばれ、応援してるよ」と声を掛けたい。