訳あって会社を退職した。簡単に言えばここにいて今後もやっていけるか不安になったからだ。退職理由として多いのは人間関係の問題だと思うけれど、私は過去2回の退職で、どちらも人間関係で困っていたわけではない。むしろ人には恵まれている方だとは思う。でもよく考えれば、それが退職のきっかけになったわけではないけれど、人で困ったことはあった。
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私が所属していたチームは、私を含めて3人しかいなかった。私以外は男性で、どちらも親と年が近い人。フルリモートの職場だったため顔を合わせる機会はほぼない。ZOOMミーティングも基本カメラオフ。チームが発足した時に飲み会をしたくらいだ。3人とも家が近かったため、また飲みたいね、とは話していた。
リモートで働いているので毎日進捗報告のミーティングがある。それは3人ではなく、私と先輩の2人で行っていた。その時に「今週末飲みに行かない?」と誘われたのだ。チーム3人で飲みに行こうと話していたこともあって、私はそれが実行されるのだと思って即座にOKした。しかし、チーム定例で飲み会の話は出ない。その時から「あれ?もしかして……」と思っていたが、確認をとる勇気はなかった。嫌な予感を持ちつつ待ち合わせ場所に向かうと、そこにはおじさん1人が立っていた。妻子持ちのおじさんと2人きりである。
何が嫌だって、待ち合わせ場所がおじさんの自宅の近所だったことである。お子さんが3人いるため、ママ友・パパ友と出くわすことも多いと言っていた。本人は「何もやましいことがないから大丈夫だよ」と言っていたが、傍から見たらやましいことがあるように見えてもおかしくない。というか「やましいこと」なんて単語を出さないでほしい。そんなこと考えたくもない。それに知り合いに出くわさなくたって、親と娘くらい年の離れた男女。パパ活に間違えられたりしないだろうか。いや、パパ活だったら私よりもっと若い子かもしれないけれど、とにかく周りからどう見られているのか気が気じゃなかった。
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私が所属していた会社ではハラスメント防止のため、「男女1対1で食事に行ったりしないように」と取り決められていた。やはり目上の人に誘われたら断りづらい。そういう取り決めがあった方が社員を守ることに繋がるだろう。このおじさんはその取り決めの存在を知らないのかと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだ。おじさんの主張はこうだ。「本人が良いって言ってるんだったら良いでしょ」。あまりに身勝手である。取り決めが存在している理由を想像することはできないのだろうか。
その後も「女の子がいるなら女の子にお酌をしてほしい」と言ったり、隣同士で距離が近くなるような店に連れていかれたりなど不快にしかならない言動をされたが、なんとかその日は乗り切り解散となった。
しかしそれからも困ったことになった。おじさんが毎週飲みに誘ってくるのである。正直もう行きたくなかったのでのらりくらりとかわしていたが、なかなか諦めてくれない。限界が近づいてきてもう上司に相談しようか、ハラスメント窓口に言おうか悩んだ。でも、これってハラスメントに該当するんだろうか。もっと重大な事象なんてこの世にいくらでもあるんじゃないか。問題を大きくしたらどうなる?今の仕事は?そう考えると事を大きくしない方が良さそうな気もする。
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結局、しばらく経ったらおじさんは誘ってこなくなった。理由は、同僚に連れていかれた人生初めてのキャバクラで女の子とLINEを交換してしまい、怒涛の営業LINEに断りを入れるのが辛くなってきたからだそうだ。「鞍馬さんにも同じことしてたんだね」と、身をもって私の気持ちを理解してくれたようである。
しかしその後の一言には衝撃を受けた。
「このことは上司や窓口には絶対言っちゃダメだからね」
なんだ、ダメなことをしていた自覚はあったんじゃないか。
退職前、再度上司や窓口に言っていないか確認された。そんなに怖がるなら最初からしなければいいのに。
どうして既婚なのに女性と2人で会おうとするんだろう。私は彼氏がいるときは他の男性と2人で会うのは避けるけど、そういうものじゃないんだろうか?何の目的で会おうと言っているのかわからないので、こちらとしてはとても不安である。しかも無下に扱うこともできない。
私は結局、このことを会社の誰にも言うことなく退職した。でも、今後のことを考えると言っておいた方が良かった気もする。気もするけれど、怖い。誰も取り合ってくれなかったらどうしよう。報復行為があったらどうしよう。お前の考えすぎだと言われたらどうしよう。
こんな時、私はどう対応すればいいのか、今になっても正解はわからないままだ。