瀬戸内海沿岸は工業地帯。海の水質を保つための特別法がある
瀬戸内海。観光ワードでは日本の地中海やエーゲ海と呼ばれることもあり、レモンやミカンが栽培されるような温暖な気候のもと、青い海に島々が浮かぶ、穏やかで美しい海だ。
有名な小豆島やしまなみ海道の島だけでなく、小さな島が多数あり、島に船で降り立てば、ここは沖縄だとかモルディブだとかいわれても信じてしまうような、青々とした海と美しい砂浜が佇んでいる。一般的には瀬戸内といえば、このような風光明媚な景勝地としてのイメージではないかと思う。
しかし、知っているだろうか。日本には「瀬戸内法」いう法律があることを。瀬戸内海沿岸は、日本でも有数の工業地帯だということを。
瀬戸内海は、波が穏やかな内海の特徴を活かして、第二次世界大戦後に急速に工業地帯として発展を遂げた。
石油、化学、セメント、繊維、金属など、多数の工場が海沿いを覆っている。工業用薬品や石油、燃料、鉄鉱石などの運搬船、タンカーが海の上で渋滞しており、沿岸は工場が乱立している。それが瀬戸内のもうひとつの顔だ。
日本には、そんな瀬戸内海の環境保全を目的とする「瀬戸内海環境保全特別措置法」という法律がある。内容は分かりやすく言えば、瀬戸内海の水質汚濁防止だ。
つまり、工場から瀬戸内海への排水基準が、この法律によって非常に厳しく設定されている。
作業着で働いた四国の工場。つらかったけど排水基準を知ることに
私がこのことを知っているのは、大学を卒業して四国のとある工場で働いていたからだ。
生粋の文系で、生物も化学も理系のことはさっぱりだった22歳の私は就活に苦戦し、事業内容も勤務地もよく分からなかったメーカーに就職することとなった。
内定をもらえただけでありがたいし、そこしか行く会社もなかったのだけれど、スーツを着て東京の高層ビル街で就活していた4年生から一転して、配属を言い渡された四国で作業着を着て働くのはとてもつらかった。
化学記号も何もわからない中で、夏でも長袖長ズボンの作業服とヘルメットに安全靴で、思い描いていたOL像とか女らしさを捨てて、工場で現場の年配の男性たちから聞いたことを訳もわからぬままメモをとっていたのが、私の新卒時の姿だ。
工場での説明や、自分の実務を通して、自然と瀬戸内法や排水基準について知るようになった。
例えば、ある浄水剤で排水処理が上手くできていても、同等成分の他メーカーの浄水剤ではなぜかph値が変わってしまったりする。コストダウンのために安価な浄水剤に切り替えようにも、1回でも排水基準をオーバーしてしまったら瀬戸内法に抵触するから、ほぼ新規品に切替はできない、といった事情とか。
工場を離れ都会の生活のいま。それでもあの海を想って暮らす
もともと大学の専攻は文学部で、歴史好きの女子だ。それが仕事を通して、縁もゆかりもなかった分野を知るようになるのだから、人生はわからない。
その後私は四国を離れ、今は工場とは無縁の、海もない都市で暮らしている。
あの時は近くになかったスタバだってコンビニだって数えきれないほどあるし、街をコーヒーカップを持って歩くような、都市の生活に戻った。人は便利な生活には、すぐに染まる。
それでも、ふとしたときに瀬戸内の青い海を想い、そこで昼夜問わず動き続ける工場を思い出し、ビニール袋をもらわないことと、ごみの分別だけは徹底している。
あの海を想い、私はエコをいちいちエコと思わない暮らしを積み重ねていきたいと願う。