「どうせ、私のこと嫌いなんでしょ。あなた正直者なのね、顔見ればわかるから」
何も言えなかった。溢れてきそうな涙をこらえるのに精一杯だった。
そんなことない。どうしてそんなこと言うの?私は、私は、あなたのために……。
◎ ◎
進路を決めたあの日、私は迷わず公務員試験を受けることにした。
なぜか受けなきゃいけないと思ったから。ならなきゃいけないと思ったから。そして、一所懸命に勉強した。今までの人生で一番頑張ったと言えるくらいに。
しかし、勉強した約半年間は、なだらかな道のりではなかった。
まず弟が鬱だった。鬱の病院に通うために、通院しやすい祖父母の別荘に弟は住んだ。けれど、鬱でしかも高校生の弟を一人で生活させる訳にはいかない。だから母と私が交代で弟の所へ行ってお世話したり、家事をしたりした。
それから、母と祖母の関係が良くなくて大変だった。弟がいたのは母方の祖母の別荘だったけれど、しょっちゅう喧嘩をするので交代で通っていた私まで巻き込まれた。別荘に行ったら祖母から、実家に帰ってきたら母からお互いの愚痴を吐かれた。正直辛かった。
私は私の進路のことだけを考えたかった。祖父母の別荘まで私と母の住まいから片道車で一時間半かけて通い、弟にご飯を作って薬を飲ませて、掃除をして、祖母から愚痴を吐かれる。家に帰れば母から愚痴を聞く。
何やってるんだろうって何度も思ったけれど、それ以上は考えなかった。
今になって、そんなこと全部しなくてよかったなって思う。
◎ ◎
ある朝、家に警察が来た。弟が死のうとしたのだ。止めたけど、「お前にはわからないだろ」って言われた。私の面接の日の朝だった。
そして数週間経ってまた別の日。今度は警察署に呼ばれた。死のうとしたのとは別件で弟が良くないことをしてしまい注意されたのだ。
家族みんなで警察署に行って、沢山話した。母は泣いていた。けれど、弟は飄々としているように見えた。
家に帰ってから、「反省してる?家族みんなに迷惑かけて申し訳ないと思わないの?」って聞いたら、「反省はしてるよ。けど申し訳ないとは思ってない。俺の気持ちなんかわからないだろ」って言われた。
感情がぐしゃぐしゃになった。私は、もっと自分のことだけ考えていればよかったんだって後悔した。別に見返りを求めてお世話してたわけじゃない。けど裏切られた気分だった。
◎ ◎
しばらくして公務員試験の結果が出て、合格して内定ももらった。これからは自由に生きようって思ってたら、ある日突然、本当に突然、祖母に言われた。
「どうせ、私のこと嫌いなんでしょ。あなた正直者なのね、顔見ればわかるから」
別に私は何もしてないし、言ってない。あまりにも唐突だった。凄く悲しくて辛くて、涙が溢れそうだった。祖母の前では泣けないから、トイレに駆け込んで泣いた。泣きながら、「お前のために試験苦労して受けたのに」って思いが浮かんできた。そこで初めて自分の気持ちに気が付いた。わたし自分の意思で試験受けたんじゃないって。
祖母と母が仲良くなってほしくて祖母が望む公務員に私がなろうと思った。実際、受かったよって伝えたら喜んでくれたし、私も目標が達成できたと思って嬉しかった。けど、それは自分の目標じゃなかった。自分じゃない誰かのための目標だった。
誰かのために頑張るのって悪い事じゃない。けれど、私は疲れてしまった。
公務員試験だって、あの時は受かって嬉しかったのに、正直今はあまり嬉しくない。まあでも、私の人生まだまだこれから。
自由に生きたい。