ピスタチオクリームがたっぷり乗ったミニタルトと、苺のショートケーキ。いつだかのクリスマスに、私は1人で2つのケーキを食べた。
恋人と一緒に食べるのが理想なのかもしれないけれど、相変わらず連絡はない。食べる前に撮った写真を添えて「見て、ケーキ買ったよ」とLINEを送ったものの、相変わらず既読はつかない。
彼は、多忙な人だった。営業マンとしての優秀さを買われて他社から引き抜かれたばかりで、仕事の忙しさは前職よりもさらに拍車がかかっていた。
会う頻度がどんどん減っていることに対しては何度も謝られた。でもこればかりは仕方のないことだ。
くれぐれも身体だけには気をつけて、そして私のことは気にしないでいいからと、あくまで穏やかに答えた。
◎ ◎
彼に送ったケーキの写真はアングルがいまいちで、再度撮り直した。撮りたてほやほやの写真を、私は君にショートメールで送った。
ショートメールのトーク画面を、何気なく上にスクロールする。最初の頃のやり取りは、「お世話になっております」「承知いたしました」「ご確認お願いします」と固い言葉がお互い並んでいた。元々は仕事で関わることになった人だから、当然といえば当然だ。
次第に親しくなった私と君は、ショートメールをまるでLINEのように使うようになった。クリスマスの数日前には、食堂で食べたオムライスが詐欺だったという内容のメッセージが君から送られてきた。
オムライスの詐欺って何だ?君曰く「卵液が上にかかってるだけだった」とのことだったけれど、やっぱり何を言っているのかいまいちよく分からなかった。
他愛のないメッセージを送り合ったり、長電話をする日が増えたりして、君はいつの間にか私のことを「友達」とよく表すようになった。私にとっても、「仕事で関わる人」の域を確実に超えていた。
そんな君から、撮り直した写真に対する返信が早々に届いた。既読がつかない恋人とのLINEのことは、あっという間に頭の隅っこに追いやられた。
「2個も食べたの!?ずるい」
自分の顔が綻んでいるのが、見えずとも分かった。君はクリスマスも仕事のようだったけれど、その後も私からのメッセージには比較的すぐに返信してくれた。
◎ ◎
彼は恋人。君は友達。
ただ、日を追うごとに境目がぼやけ始めていた。彼のことは好きだ。でも、君のことも好きだった。
曖昧なままにさせている私は、ずるいのだろうか。「好き」の解像度を高めようとすると、途端に苦しくなる。「好き」はloveとlikeの2つに分かれるとよく言うが、普通に考えればloveが「彼」でlikeが「君だ」。
普通に考えれば。
お気に入りの車でどこへでも連れて行ってくれる彼と、夜通し電話の相手をしてくれる君。
筋肉質のたくましい身体で私を抱いてくれる彼と、華奢な手をひらりと挙げて「お疲れー」と仕事の合間に笑いかけてくれる君。
既読のつかないLINEと、テンポよくメッセージが流れ合うショートメール。
目の前にある食べかけのケーキに視線を戻す。
私が今、一緒にケーキを食べたい相手は誰なんだろう?
口に含んだクリームは甘いはずなのに、何故だか苦みもあった。
◎ ◎
私が酷く落ち込んでいるときに、唯一手を差し伸べてくれたのは恋人である彼だった。真っ暗闇の中に差し込んだ、強くて温かい光のような人だと確かに思った。
心変わりなんて、そんなの許されない。私は、彼のことを愛している。大切に想っている。
そのはずなのに、目を瞑ったとき瞼の裏に浮かぶのは、君の屈託のない笑顔だった。ショートメールじゃなくて、LINEでやり取りがしたい。私が考えていることといえば、そればかりだった。
クリスマスが過ぎれば、あっという間に今年はおしまいだ。来年のクリスマスは、一体私は誰と過ごしているんだろう。
「去年は一緒に居てあげられなくてごめんね」と謝る彼だろうか。もしくは今年同様、恋人のいない友達と何気ないメッセージを送り合いながら、1人で静かに過ごすのだろうか。それとも。
……いや、考えないようにしよう。
フォークに侵食されて不安定になったケーキを私は横倒しにし、ぱくりと一口で食べた。同時にまた、君からのメッセージが届いた。