空港からの高速バスを降りると、ムワッとした空気が肌にまとわりついた。ただ、意外と東京ほどの蒸し暑さはないかもしれない。バス停にはタバコを吸う老人がいた。まるでタイムスリップしたみたいだ。
タイムスリップ。まぁ、あながち間違ってもいないかもしれない。
今日は、昔住んでいた長崎での、中学時代の同窓会だ。
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長崎に住んでいたのは、小学校5年の春から、中学2年の冬までだった。
私は転勤族育ちで全国あちこちに住んでいたけれど、長崎に引っ越す直近まで住んでいたのは東京だった。東京の小学校はとても小さく、全校生徒で120人程度で、全国あちこちから転校してきた子が多数いた。韓国や南米など、外国籍の子もクラスメイトだったし、違う学年には車椅子の人もいた。個性豊かで多様性溢れる学校だった。いじめや不登校もあったけど、かばってくれる子もいたし、それらの問題に熱心に取り組む先生もいた。
ただ東京は衛生環境の問題か、アトピーで肌が荒れていたり、喘息を持ってる生徒は多数いた。私も、顔やら足やら、さまざまな部位にアトピーによる肌荒れがあった。
その状態で長崎に引っ越してしまったものだから、「その顔のブツブツ、気持ち悪か」などと言われたり、いじめの対象になることもあった。小学校はまだマシだったものの、そのまま中学に上がってからは、バイ菌扱いして避ける生徒たちもいる一方で、ヤンチャだったり不良っぽい男子に殴られる、蹴られる、羽交い締めにされる、掲示物や持ち物を棄損されるなどいろいろなことをされていた。
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中2の冬に、隣県の佐賀の学校に転校したことで、私はほぼ初めて「いじめられない学校生活」を過ごすことができた。
そんな私が長崎の中学の同窓会に出たのは、意外に思う人もいたかもしれない。ただ、いじめられていたからといって友達が0人というわけではなかったし、それでも私は人が好きで、信じたい思いもあった。そもそも、昔の、いじめられてた頃の私とはもう違うということを、同級生たちに知ってもらいたかった。
同窓会では、私に暴力を振るっていた男子たちはみんな謝ってくれた。とても意外だったけど、それは素直に嬉しかった。
そして、意外なところで事件は起こった。
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二次会として訪れた、生徒会長だった男子が経営する、居酒屋でのことだった。
隣の席の男子と話していたところ、「あっ、ごめんね〜」と言いながら、私と男子のあいだに誰かがふらつきながら割り込んできた。かと思えば、その人は私の胸を触っていった。
「!?」
慌てて振り向くと、そこにはメガネ男子の姿があった。医者になったと話していた男子だ。「すごかね。同級生で一番出世したんじゃなか?」と誰かがチヤホヤしていたっけ。私とは小学校から一緒だったものの、クラスは一度も一緒になったことはない。
気を取り直して私は隣の男子と会話を続けていると、しばらくしてまた同じことが起こった。メガネ男子が「ごめんね〜」と割り込んできて、私の胸をさり気なく揉んでいく。
「!」
隣の男子は「酔ってる奴らはしょうがないよな」と呆れていた。おそらく、メガネ男子が胸まで触っていたことにまでは気づいていなさそうだった。
今度は私は席の向きを変え、隣に割り込まれにくいようにした。すると、しばらくしたら、背中に違和感を抱いた。ブラジャーのホック部分を誰かがスリスリと触っている。
振り向くとメガネ男子がいた。彼は私の姿を見るとサッと離れた。
再び、隣の男子と話していたところ、また私の背後からブラホックを触られる気配があった。
「ーー!」
やめて、と言おうかとも思ったけど、ほかの同級生たちや先生に知られたくなかったし、場の雰囲気を壊したくなかった。
驚きと恥ずかしさと悔しさで、結局、私は何も言えなかった。
◎ ◎
翌日はさんざんだった。あまり眠れず、実家に帰る電車を間違えてしまったり、悪いこと続きだった。
正直、今までの人生でもっとひどい被害はいくらでもあったはずなのに、思っていた以上に私はダメージを受けていたようだ。
なまじ、昔いじめてきていたヤンチャ系の男子たちは謝ってくれたからこそ、それまで話したこともなかったエリート男子からたびたび身体を触られたことは、余計にショックだった。
◎ ◎
それから数週間後。スタートアップ界隈でのハラスメントの問題が取り上げられていた。
顔出しして告発している人たちの姿を見て、過去のさまざまな出来事が蘇ってきた。そして、私も声を上げよう、と思った。
私の胸を触ってきたメガネ男子が務める病院は、名前と地名を入れて検索すると、すぐに分かった。顔写真や経歴もあり、同姓同名の別人ではないことも確認できた。
私は、病院の「お問い合わせ」フォームを開いた。
◎ ◎
その数日後のことだった。病院から返信が来ていた。
「○○医師の件、お伝えいただきありがとうございます。昨日、ハラスメントについて厳しく指導を行いました。本人も反省しています。今後の動きにも注意しておきます」という内容だった。
中学時代は、ひどいいじめに遭っていた。20年後の同窓会で彼らは謝ってくれたけど、そこでは今度は別の人がセクハラをしてきた。
もしかしたら人生って、こういうことの連続なのかもしれない。何かが解決したと思ったら、また別の問題が起こる。いじめもセクハラも、そう簡単にはなくならないだろう。
でもね、私は諦めない。何かあったら声を上げていく。他の人が同じような目に遭わないように。加害者が、自身の過ちにすぐに気づけるように。