「あー、えーと、もしもし。聞こえますか?」
ドキドキしながら声を絞り出す。ヘッドフォン越しに、ガサガサ、と動く音が聞こえた。
「あ、はい。聞こえますよー。はじめまして。なんて呼んだらいいかな?」
透き通った声が聞こえる。

相手は関西に住む同い年の男の子。遡ること7年前。私たちは音声通話ツールを使って繋がった。掲示板で通話相手を募集し、その時彼が連絡をくれたのだ。
いつも年上の男性からしか連絡が来なかったので、同い年の男の子はなんだか新鮮に感じた。いつもと言っても、そこまでこのツールを使いこなしているわけではなかった。機能もよく分からず、パソコンの画面を前にして、眉間に皺を寄せながら操作に戸惑う日々だった。
募集したところで、知らない人と通話をする勇気がどうしても湧かず、何度かスルーしてしまったこともあった。そんな中、何故彼と通話することを選んだのか。理由は正直なところ、今でも分からない。

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設定されていた画像はやわらかなタッチで描かれた似顔絵で、プロフィールも特に詳しく書かれていなかった。当時の私は単純に「なんとなく」という感覚で通話したんだろう。
しかし、それが大正解。予想以上に話が盛り上がり、朝まで笑い合った。関西在住の彼の話はすごく面白くて、テンポもよくて、聞いているだけでとても楽しかった。
気がつけば毎日の通話が日常になり、些細なことでも報告し合うようになっていた。
卒業したらどうするのか、今の恋はこれからどうなっていくのか、あのアーティストはもっと有名になるだろうか、沢山、色んなことを話した。
もう既に彼は、私にとっての「友達」だった。出会いがネット上であろうが、住む場所が離れていようが、そんなことは関係なかった。

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お互い歳を重ね、初めての通話から2年ほど経った頃。彼が大学を卒業した。
私は既に社会人として働いていたので、大人ぶって色々アドバイスしたりもした。先輩の誘いと酒は断れないとか、仕事はやっぱり大変だとか、それでも、お互い頑張っていつか会って乾杯したいね、なんてことも。
そう、私たちは声で繋がって随分経つが、会ったことがない。7年経った今も。たぶん、これから先も会うことはないのかもしれない。
「会えたらいいね」なんて言葉は何度も口にしたが、きっとこの距離感が、1番居心地がいい。彼も同じように思っていることだろう。

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そう思うのには理由がある。関西に住む彼が、私が住む場所の近くを訪れたことがあるのだ。しかし、その時私には何も連絡がなく、「そういえば、この前そっちに行く機会があってさ」と、後日報告をもらったのだ。
本当に会いたかったら、事前に連絡してくるのでは?というのが私なりの考え。だから、私が関西に行ったとしても、彼に連絡することはないだろう。
これくらいがちょうどいい。そんな彼との距離と友情は、これから何年経っても続くのだろう。なんとなく始まった繋がりは、意外と図太く真っ直ぐに、私たちを結んでいる。