この前、元カレと電話をした。
別れて3年。私の初カレ。電話をしたきっかけは私の失恋。体目的の男に引っかかり、情けなさと悲しみでいっぱいで、自分はそんなに魅力がないのかと自暴自棄。藁にもすがる思いで、衝動的に連絡をしてしまった。
前もって言っておく、私は元カレが大嫌いだ。
不器用で女々しくて自己中で、どうしようもない人だった。好きと情の気持ちでずるずると付き合い続け、最後は私に振られるのを待っていたかのような嫌な別れ方をした。もちろん連絡先なんて持っていない。共通のサークルグループから探した。
私を女として知っている唯一の男に聞きたかったのだ。大嫌いな男に頼るくらい、私の理性は限界だった。
◎ ◎
「いきなりごめん…私って内面的魅力あった?少しでもいい彼女だったかな?」
送ってから、我に返る。3年も経てば新しい彼女くらいいるだろう。しかも元カレの誕生日前日。土曜日。LINEの"誕生日が近い友だち"表示がタイミングの悪さを教えてくれる。慌てて、彼女いたら無視してと追伸した。
「ごめん、仕事だった」
返ってきた。驚いた。どうやら彼女はいないらしい。
夜に電話をする約束をした。最後に話したのは別れた日以来だ。そわそわしながらスマホを取る。
「久しぶり、あのね……」
私は涙声で自分の失恋話をする。話を聞いた元カレは無神経にもアハッと笑ってきやがった。
思い出した。こういうやつだ。共感能力は皆無、思いやりの心は欠如、一番相談してはいけない相手だ。元カノだし、少しは同情してくれるだろうと期待した自分はバカだった。
「ねえ、なんで笑うの?」
「ごめん」
「ねえ、私の中身のどこが良かった?」
「うーん……料理……美味しかったなあ……」
おいおい!料理だと!?料理美味しいは中身じゃないのよ!!優しいとか、面白いとか、捻れば色々あるでしょうよ!?
元カレの発言により、私の心を支配していた悲しみは彼に対する苛立ちに取って代わった。
「はあ……。料理ねえ……」
「風邪ひいた時に作ってくれたポトフ、あれ美味しかったよ」
「あー、作ったね。あの時アポなしで押しかけて迷惑だったでしょ」
「いや、嬉しかったよ。ただ量は作りすぎだね。4人分はあったな。君、『大丈夫!ポトフは日持ちするし、カレーのルーを入れたらカレーになるし、シチューのルーを入れたらシチューになるから』って誤魔化したんだよ」
よく覚えてるな。そうか、嬉しかったのか。ならちゃんと言いなさいよ。
風邪をひいた恋人の看病をする、彼には悪いが当時の私は少女漫画的展開キター!と、少し楽しんでいた。早く元気になってほしくて、たくさんの野菜とちょっといい国産豚を買ったのだ。香り付けにクローブまで入れた気がする。その気持ちがあふれたゆえの量なのだ。
◎ ◎
そういえば、色々作ったな。私は中高と料理部で、とりわけお菓子作りが得意だ。元カレは甘党なのでよく一緒にお菓子を作ったのだ。
だが一人暮らしの男の家に、調理器具が揃っているはずもない。私は実家から元カレの家まで約1時間かけ、ハンドミキサーやら粉ふるいやらケーキ型やらを背負って行ったのだ。愛は重い……。
「私と作ったケーキ、美味しかったでしょう?」
「うん、美味しかった」
「クリスマスのショートケーキ、君は生クリームを分離させて、コンビニにまた材料を買いに行ったよね」
ん?そんなことあったか?失敗は脳内から抹消する主義だ。というか、さっきから失敗話ばかりじゃないか。
「あなた、チーズケーキ好きだったじゃない。私誕生日に作ったよね」
「あー、美味しかった」
「チーズケーキ簡単じゃん。何回か一緒に作ったんだからまた作れば?」
「んー。やっぱりいざ作るとなるとめんどくさいんだよなあ」
そう、チーズケーキは1番よく作った。彼の誕生日は毎回チーズケーキだったし、迷ったらチーズケーキを作った。粉々にしたクッキーと溶かしバターを合わせてボトムを作り、生地を流し込む。あとは焼くだけ。人生で1番作ったお菓子は間違いなくチーズケーキだ。
「あなたも私の誕生日ケーキ作ってくれたよね。ほら、初めての時」
「作ったね」
「あれ、すごく嬉しかったな。次の年より嬉しかった。やっぱりお金より時間と労力よね」
「うっ……」
元カレは付き合って初めての私の誕生日に、レモンケーキを作ってくれた。正直あんまり美味しくなかったけれど。不器用ながらに可愛いくラッピングして、Happy Birthdayのメッセージが付いていた。
翌年の誕生日は旅行に行った。けれど、スケジュールは私に丸投げで、おまけに誕生日おめでとうと言ってきたのは日付が変わる直前で、当日もう言ってくれないのかと思った。あれは人生最悪の誕生日だ。
気付けば私の失恋話はどこへやら。関係のない話ばかりしていた。時計を見ると00:02。
◎ ◎
「あ!今日、誕生日でしょ。元カノに言われるのも複雑だろうけど、お誕生日おめでとうございます」
「自分で言う?ありがとうございます」
「チーズケーキ買おうよ。コンビニとかにあるじゃない」
「そうしようかな。仕事帰りにでも買うわ」
「そうしましょ。なんかあなたのおかげで、ある意味元気になったわ」
「うん、良かったよ」
「じゃあ、ありがとう。また?ね」
「どういたしまして。また」
元カレとこんなに話すとは思ってもみなかった。気付けば2時間も話していた。私は覚えてないのに彼は覚えてること、彼は覚えてないのに私は覚えてることがあった。
ただ料理のことは2人とも覚えていた。私たちはお互いに口下手で素直じゃなかった。なんとか続いていたのはコミュニケーションとして料理があったからだと思う。彼と一緒に料理をすることはもうないけれど、作った料理たちとその時の思いを私は忘れることはできないだろう。
「昨日はありがとう。チーズケーキ買った?」
「買ってない。」
「そっかあ。」
「これから買いに行くかも。」
チーズケーキのスタンプ
チーズケーキのスタンプ
彼はチーズケーキ食べただろうか。元カレと一緒に作ったチーズケーキは本当に美味しかった。あなたのことは大嫌いだけど、あのチーズケーキは忘れないでね。