二十歳を過ぎても、一歩踏み込むのにはまだ勇気がなかった。歌舞伎町の女王。トー横キッズ。いただき女子。私が知っている情報から考える歌舞伎町は恐ろしい場所でおおよそ間違いがなかった。新宿に行くことはあっても、JR新宿駅の東口より向こうは避けるようにしていた。

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しかし、そんな歌舞伎町に近づくきっかけは簡単に転がっていた。マッチングアプリを使って一人の男の子に会った。横顔の写真が綺麗で、名前を聞くと一緒の漢字が入っていた。その優くんとは渋谷か新宿で会おうという話になり、新宿の方が都合が良いということだったので一回目の会合へ。それはお昼の約束で、後にも予定があったので、二時間あるかないかくらいをカフェで一緒に過ごした。

待ち合わせは新宿ピカデリーの前だった。駅だと人が多くて探しにくいからという理由で、今公開されている映画が何かを観ながらゆっくりと待っていると、優くんがふらっと斜めから現れてサラサラと挨拶をしてくれた。

可愛い人だというのが第一印象だった。映画館の前での待ち合わせと、共通の話題だった霜降り明星がより一層好印象を加速させた。

帰り際は駅まで送ってくれた。また会いたいと思った。ホームで電車を待ちながらLINEを送ると、同じような内容のLINEが同じ瞬間に入れ違って、次の週くらいにはまた会う約束をした。

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次もピカデリーで待ち合わせをした。夕方の約束だった。ダラダラと歩いた先に歌舞伎町を象徴する赤い門がある。小慣れたように歌舞伎町の中に進んだ優くんに追いつくように、何事のもないかのような表情を作りながら私も歌舞伎町へ踏み入れた。ゴミが散らかっていて、なるべくどこも視界に入れないように歩く。適当な居酒屋へ入って気まずい時間もなく喋った。

二軒目に行こうとして一軒目を出る。外は完全に暗くなっていて、チカチカとした光がそこら中から目に飛び込んでくる。私が知っているのはゴジラだけで、それ以外は全て初めて見るものだった。人生で自然と避けてきたものばかりが溢れていた。それらを全て知っているかのようにまた進む方向を自然に誘導してくる優くんは、歌舞伎町のホストだった。

ぼんやりと予想が当たっていたという気持ちと、違和感の伏線回収ができた快感がドロドロと流れてきた。そのまま優くんのお店に行った。街の雰囲気に飲まれた。私は少し酔っていて、薄汚い街だと地元の友達に話そうと考えていた。裏の方の道に入ると汚いネズミが鈍臭く走っていてる。どうか見間違いであってほしかった。

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お店に入ると途端にカッコよくもない怪しい男たちに囲まれて、優くんだけが味方のように思えたけれど、結局一番の敵だった。約十万円使った。他の客がシャンパンを入れ、一人ぼっちにされながら渡された電子タバコを咥える私はかなり情けなかっただろう。泊まったホテルでもずっと外から騒ぎ声が聞こえて散々だった。今までとは別の角度からナイフを突き立てられたようで惨めに思えたから、もう二度と近づかないようにしようと心に誓った。

しかし、その翌月には簡単に歌舞伎町を再び訪れる機会が来てしまった。Teleという、大好きなアーティストのZepp新宿公演。恐る恐る訪れて、ライブ箱へ行く。歌舞伎町は狭い街だからか、箱のキャパも大きくない。最後列だったがステージを真正面から見ることができた。暗い会場から爆発するように颯爽と現れる。会場を沸かせる姿はロックスターに間違いなかった。最近の悪い夢が上書きされていく。ライブも終盤になり、Teleが叫ぶ。

「この最悪な街で!一緒に最高の声響かそうぜ!」

あっという間に救われてしまって、この最悪な街を少しだけ好きになってしまった。