マンガや小説、映画の中だと何度でもきゅんきゅんできるのに、現実世界ではそう簡単に胸がときめく出来事が起きない。
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ウェディングドレスを着せてあげたいと言われた時は、多分小説や漫画で見るとキュンキュンするエピソードだと思うが、実際に自分が言われた時は、そうですかとしか思わなかった。
私と結婚を考えているという超ロマンチックなことを言われているのだが、あまり嬉しいと思えなかったというのが正直な感想だ。
冷めていると言われても仕方がないかもしれない。
何を言われるかよりも、誰に言われるかが重要なのだとその時悟った。
マンガや小説だとどういうときにきゅんとするか考えてみたところ、長年好きだった想いを打ち明けられたとき、庇護欲を掻き立てられたとき、そして時代錯誤かもしれないが、俺のものだと独占欲をむき出しにされた時などだ。
現実では子犬を見たときぐらいしか庇護欲は掻き立てられないから、なかなかないシチュエーションだと言える。
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非日常なことが起こらない限り、きゅんとすることはないと思っていたのだが、全く意識していない人から気を遣われたことで、きゅんに繋がる出来事があった。
普段敬語で喋っている先輩に、別れ際に「気をつけて帰ってね」とタメ語で言われてときめいた。
その日、本当にたまたま先輩と会社のエントランスで鉢合わせたので、挨拶をした。その流れで一緒に帰ることになった。電車の方向が同じだった。
久しぶりに同じチーム以外の人と帰り道が一緒になって、しかもそれがあまり話したことない先輩だったので少し緊張をしていた。
ところが私の心配とは裏腹に、あまり喋ったことない先輩であったのに、私が部署で自己紹介をしたときのエピソードや、歓迎会での出来事など、私にまつわることをたくさん覚えていて帰り道は盛り上がった。
歓迎会の時に喋ったきっかけも、私の地元で先輩が働いていたことがあり、その時の思い出に花が咲いたからだ。
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その時は、自己紹介の場面を細かく覚えられているということに恥ずかしさを感じ、なぜそんなに細かいところまで覚えているのか、他の人のエピソードも記憶しているのかは聞きそびれてしまった。
答えを教えてくれたかは分からないけれど。
中性的な印象を受ける先輩から、気をつけてねという私の身を案じるセリフが飛び出し、きゅんとしてしまった。
芋づる式にそれまでの会話を思い起こすと全部の発言が私のことを気にしているように聞こえてしまった。
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後からふと冷静になると、それだけあなたのことを見ていますよというアピールをしてきていたのかもしれないと思ってしまった。
会話の途中で気づかなかった自分に悲しくなった。
その先輩とは、その日のすぐ後にあった部署の飲み会で喋ろうと思っていたが、参加していなかったので、叶わなかった。
私の胸にきゅんという感覚だけを残したまま 、先輩に口説かれていたのか、はたまたからかわれていただけなのかということは、謎に包まれたままになってしまった。