自分にお金を使うことができなかった。自分が着るものや使うもの、その全てを自分で選ぶことはしなかったし、それを望んではこなかった。最低限の自己投資ができなかった。

自分のためになることが無駄だと思っていたから。

今は自己投資のできなさを「自分が好きかどうか」で考えることで補っている。美味しいものは食べたいから買おう、本を読みたいと思うから買いに行こうなど。

少ないが自分に欲が生まれたことでお金を使うこと、そしてそれに必要以上に罪悪感を持つことはなくなった。普通に生きていれば当たり前に選択できることを意識していないと手放してしまいそうだった。

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問題は「好きではないが、必要なもの」の自己投資。たとえば、服・化粧品・アクセサリーなど。「自分の見た目に関すること」にお金をかけることは、苦手だ。

どうしても無駄になっているような気がしてしまう。自分の見た目にそこまで価値を感じられていない。最低限を達成していたらいいだろうと感じてしまう。

しかし、その最低限にも自分の基準が低すぎて達成できていないことがある。

しかしここ数年、アクセサリーと化粧品に関しては、自分でも驚くぐらい楽しんで選ぶことができている。自分のことを好きになりたいと思った、ということもある。けれど、一番しっくりくるのは「自分を許したいと思った」からだ。

もう自分に制限を設けなくていい。自分で選んでもいい。自分を許して、自分のことを好きになりたいと思った。特に罪を犯したわけではないのだけれど。

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アクセサリーはとあるハンドメイド作家の方との出会いが大きかったように思う。とある場所で大きめのバザーがあることを知り、興味本位で訪れた。なにかを求めて行ったわけではなかった。

そこにいたのが、そのハンドメイド作家の方だった。その人は私に似合うアクセサリーを優しく選んでくれた。おどおどとしていて、話し方もぎこちなかったであろう私を笑うことなく、優柔不断な私が決め切るまで飽きずにそこにいてくれた。嬉しかった。自分もそういうものを身につけてもいいんだと心から思うことができた。

それから、彼女が参加するイベントにはできるだけ参加した。主催するイベントにも、何度も参加して「顔パス」だなんて言われるぐらい通っていた。そこでたくさんの人たちと関わり、話すことができるようになった。アクセサリーを買うことが楽しいと思えるようになったのは、人との関わりが楽しいと思えるようになったから。純粋にその人たちが作ったものを身につけている自分が好きになれたからだ。

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化粧品に関して楽しいと思えるようになったのはこの1年ぐらいの話だ。化粧品を買うことが楽しいと思えたのは、メイクによる効果を体感したから。

元々、肌に関するトラブルが多く、コンプレックスに思っていたこともあり、メイクにあまり前向きになれないでいた。下地やファンデーションを買えばごまかせるかもしれないと考えて、安いファンデーションを買った。1000円ぐらいのものだったけれど、当時の私は「これで効果がなければどうしてやろうか」と思っていた。

それを初めて使った時の感動をいまだに覚えている。自分の肌がしっとりして自分のものじゃないようだった。嫌いな部分がみるみるきえていき、自分がお人形さんになったような気分になれた。メイクで自分が好きになれるかもしれないと、希望を持つことができた。

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いまだに悩みは尽きない。服を買うことは相変わらず苦手だし、同じものばかり着まわしている。けれど、もし服を買うことに怖さがなくなったのなら、もっと自分を許すことができるんじゃないかと思っている。

今、机の上にはグレーの箱と白いつやつやの箱がのっている。テスターで試して感動したままの勢いで新しいファンデーションを買ってしまった。

勢いで買ってしまったことによる後悔は若干ある。けれど、罪悪感はない。また、自分を好きになれるかもしれない。そう思えば私はごきげんでいられる。