自分だけがみんなと違って、後れを取っている。みんなは幸せそうなのに、自分だけが孤独な気がする。誰だって、そんな寂しい思いをしたことが一度くらいあると思う。
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私が一番寂しかったのは、憧れの出版業界に転職したにもかかわらず、あまりの激務に体調とメンタルがボロボロになって半年で退職したときだった。学生時代の友人たちは仕事がきつくても頑張れているのに、自分は無職で家にいる。自分だけがダメ人間だという引け目を勝手に感じて、せっかく時間があるのに友人たちと積極的に会うこともなく、自分だけが世界で一人ぼっちみたいな寂しさを抱えながら、毎日家にいた。
不安と自己嫌悪の日々は、寂しさに拍車をかけた。再び転職する気力はなく、これからどうなるんだろうという不安。保険等の手続きや次の転職先探しなどやることはあるのに、なかなか行動に移せない自己嫌悪。生きているだけでネガティブな気持ちが加算されていく毎日で、特に一日をYouTube視聴だけに費やした自堕落な日なんて、寂しさのポイント二倍デーみたいなものだった。
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そんな私をちょっとだけ救ってくれたのは料理だった。ある日、キッチンに立って何かを作って食べた日は充実感が増し、寂しい気持ちを忘れていることに気づいた。思うに、料理をしているとネガティブに陥りにくいからではないだろうか。
結局、不安なときって手が止まっているときだ。でも、キッチンに立って野菜を切ったり、調味料をレシピに沿って計量したりといった作業に没頭していると、作業興奮で不安は吹っ飛ぶ。また、料理は自己嫌悪にも効く。ちょっとしたズルみたいなもので、たとえすっっっごく簡単なレシピでも何かを作れば、「私今日一日何もしなかったな……」の自己嫌悪を防げる。「でも今日○○作って自分に振る舞ったもん!」と思えるのだ。
もちろん料理じゃなく陶芸でも手芸でもいいのだけれど、近所のスーパーで材料が揃う、数分~数時間で完成までたどり着くという点でも、料理は手軽だ。失敗しなければおいしいものが食べられるし、買い出し以外では外に出たり人とかかわったりしなくていいところもおすすめポイント。だから寂しい人はみんな、こぞって料理をしたらいいと思う。もちろん、“何もしないでゆっくりする”という治療が必要なほど体調やメンタルが回復していない人は、その限りではないけれど。
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ちなみに私が作るのは、簡単なものばかりだ。野菜を切って、肉と調味料と一緒に炊飯器にぶち込むだけの炊飯器肉じゃが。お茶パックにかつお節を詰めて、具と水と一緒に煮たら味噌を溶くだけの簡単味噌汁。調味料と一緒にレンジでチンして、塩昆布やツナと和えるだけの無限ピーマン。とにかく、手間とおいしさの天秤が釣り合っていない簡単レシピで、お手軽に寂しさを埋めていた。
ある日、転職先を探す手を止めてKindleで手塚治虫を一気読みした日があった。その日の漫画のおともは買ってきたポテトチップスではなく、じゃがいもを切って塩と油と和えてオーブンで焼いた手作りオーブンポテト。実際、転職活動をさぼって漫画を読んでいただけの一日だったのに、ポテトを手作りしたというだけでなんだか充実感があり、まったく寂しさを感じなかった。それどころか、私ってば“丁寧な暮らし”してるわ~、とホクホクしていた。じゃがいもだけに。
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そうこうするうちにメンタルも体調も回復して、今は新しい職場で二年以上働けている。今本当に思うのは、まずあの頃の私が、料理と食べることを好きでよかったということ。そして、寂しいからって無理に人と会おうとしなくてよかったということ。人とかかわると寂しい思いが軽減されることもあるが、理解し合えなかったり自分の望んでいるリアクションが得られなかったりして、家に帰ったあと結局寂しくなることも多い。だから寂しいときにその解消を他人に求めるのって結構危険な行為ではないだろうか。人とかかわるより一人で何かを作ることが、自分を救ってくれることもある。
毎日同じ時間に家を出ることがなくなり、人とのかかわりが減ったあのころの私は、同年代の友達と比べて自分には何もないと思っていた。でもある日、家のなかにあるキッチンは私の“城”なんじゃないか、と気づいた。あるいは“世界”、“王国”、“陣地”と呼んでもいい。ちょっと大げさだけど。
とにかく、自分が一人ぼっちみたいに思える世界の中で、自分一人で何かに没頭して、自分だけのスペースを確保することが大切なのだ。自分の城があることは、あのころの私にとっては間違いなく、立派な仕事や人間関係があることより尊いことだった。
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世界で一人ぼっちな気がして寂しいからって、誰かに「ねえ飲みに行かない?」なんて手当たり次第にLINEするのはナンセンス。これからも寂しさがやってくるときはあるかもしれないけれど、安易に人とかかわろうとするより、その大きく見える世界の中に築いた、小さな自分だけの城を大切にしていきたい。