2021年コロナ禍からのこの数年間で私の人生は激変した。
PR会社で身を削りながら忙しく働いていた私は、パートナーと出会い、結婚して仕事を辞めた。そして、ほぼ人生で初めてくらいに興味を持てるものを見つけ、それを研究するために大学院に進学することにした。

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パートナーとは、マッチングアプリで出会った。事前にチャットのやり取りをすることもなく、顔写真なども分からないブラインドデート方式で、年齢など数項目の相手への希望条件と、場所と時間だけ設定し、「この時間ここで会える人」ということで直前にマッチングし、顔も見えず事前のメッセージのやり取りも待ち合わせの数時間前という、コスパがよく、なんとも運命チックで、なんとも危なそうな仕様だ。

当時コロナ禍だったこともあり、私は初めて会う時はzoomで話すことにした。人間性も相性も分からない相手に対して交通費や行くための時間などの様々なコストやリスクもとりたくなかったからだ。驚くことに私は、このアプリを始めて1人目で彼に出会った。

後から聞いたことだがパートナーもアプリを始めて1人目が私だったそうだ。正直なところ私は初め惹かれなかったが、特に違和感もなく楽しく会話できたので、彼からの2回目のデートの誘いに乗った。3回目のデートの時「あなたを良いと思っている」と言われ、「まだあなたという人間が分からない。他の人とも会い続けても良いなら、私たちもデートを続けましょう」というなんとも強気な答えを出した。これが当時の私の本音だった。そして彼はその要求を飲んだ。彼は、とても懐が深い。

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それから1ヶ月くらい経って、彼が「このままの関係はいつまで続くんだろう……」とこぼした。次に付き合う人とは結婚を前提にすると決めていた私は、「じゃあ具体的に話し合ってみよう」と、結婚の時期や親の介護、お墓のことまで話し合った。

そうしたらなんと、ほぼ議論なく、すんなり合意が取れてしまった。「え、こんなに楽なの?」そう思った。その当時は仕事を頑張りたかったため、もう婚活は一区切りつけたいと思い、私から「あなたに絞ります、付き合ってください」と告白した。我ながらどこまでも高圧的である。

付き合って半同棲状態になり、一緒に眠るようになってから私は不眠が解消し、体調が2、3段階よくなった。が、その後、過労で休職し退職。退職の後、だいぶ前から計画されていたらしいプロポーズをされ結婚した。そして今、彼の勧めで大学院に進学し、研究者を目指すことになった。彼の方も、私と付き合ってから勉強し始めた国家公務員総合職試験に合格。さらに、諦めていた司法試験に再度挑戦し、現在は司法予備試験の論文試験に合格。あとは口頭試験と司法試験に通れば、晴れて合格となるところまできた。お互いに出会ってから良いこと尽くしだ。

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ただ、付き合う前に1つ合意しなかったことが一つある。子どもの希望の有無だ。以前かがみよかがみのエッセイにも書いたが、元々私は子どもを望まないが、彼は子どもを持ちたかった。付き合う前の話し合いでは、結論としてこれからの話し合いで妥協点を見つけていくことで双方納得をした。

それから、特に深刻になることもなく、1週間に何回かは話題に出て、「産むとしたら」という前提で考えては、「これは無理だよ」「これは嫌だ」というような話し合いを続けている。「子どもを産むメリットは?デメリットは?」「どの自治体なら社会保障が厚い?」

「育休はどれくらい取れる?」「出生前診断は?」「子どもに障がいがあったらどうする?」「どのタイミングなら1番良いだろう?」そんな感じだ。ただ、「なんで子供がほしいのか?」何度となく尋ねたが、何百回聞いても私が「なるほど」と思える答えは返ってこない。

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この数年、私たちが出会ってからの変化は凄まじい。自分で選んでいるようで自分で選んでいなかったように思う。なんとなくの流れでこうなった。それはとても尊くて、素晴らしい流れだった。

私は、あの記事を書いてからの2年くらいで「こんな世界に新しい人を生み出して良いものか」と半ばこの世界を恨むような気持ちがだいぶ薄れてきた。自分に正直に生きることができるようになったからだと思う。

今は思う。「自分の選択」という抽象的で魅力的に見える空想になんの価値があるのだろう。「選択」は、「自分の選択」から生まれたあらゆるリスクを全て、その人に押し付ける。もうそういう方法で生きていかなくてもいいんじゃないかと思っている。計画を立てて、その通りになった試しがない。それなら、美しい流れに身を任せて生きていくのも手じゃないかと。

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ある時、いつものように子どもがほしい理由を尋ねてみたら「その方が面白いから」と返ってきた。このものすごくシンプルな答えに初めて「なるほど?」と思えた私がいた。

彼の試験も先が見えてきて、思い描いていたプランと違う選択肢も増えてきた。試験勉強のために彼の職場に近かった家から引越しを決めた。この先、本当にどうなるか、来年すら全く予想ができない。でも、そういう方が人生は面白いのかもしれない。そう思えるしあわせを、20代最後の日に噛み締めている。

この「愛が私を変えたこと」の締め切りの日、私は今日30歳の誕生日を迎える。自分の記事を振り返ると「かがみよかがみ」に投稿を始めたのは2022年だったようだ。私はこの記事で一旦「かがみよかがみ」を卒業する。自分の人生の激変期と共にあったこのメディアに感謝を込めて。ありがとうございました。